放射線生体影響に関する物理学、疫学、生物学の認識文化の比較分析

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研究者・専門家へのインタビュー(松田尚樹先生)

松田尚樹先生へのインタビュー 6/6

緊急時における大学・研究機関の役割

樋口: 今モニタリング、緊急時におけるモニタリングとかにも携わっておられて、今後はやっぱりドシメトリーとかも必要になってくるんですかね?

松田: そうですね。と思って、試行錯誤をして2年すぎてるんですけど、でも緊急モニタリングセンターというのが緊急時には立ち上がって、主体は地方自治体のそういう環境モニタリングしている人たちと、それから原子力規制庁とか国の人たちと電気事業者と、彼らが緊急モニタリングをしてその結果、防護措置というんですけど避難しろとかを決めるという体制は一応あるんです。

坂東: それは3.11以後ですか?

松田: いや、3.11以前からあったんですけど、ほとんど機能してなかったんですね。以後は、まず決まったのは早めに立ち上げようというのと、それからもう少しちゃんと訓練をしようというので、丁度先週、島根原発の関係で松江のオフサイトセンターで訓練がありまして、それに関わって行ってきたんですけど、結局のところ今おっしゃったような新しい手法によるモニタリングとかそういうところがあまり重きを置かれていなくて、いかに情報をしっかり確実に記録に残しながら後に伝えるかみたいなところばかりやっていて、電話したらすむことやのに、この中でいくつものセクションで受け渡しをして、連絡係も一人決めてしまったら、もう全部そいつがやらないといけないんです。担当者同士で話したらすむことやのに、もうあちこち回して…

樋口: 誰もが抜けないようにするという方が重要になっていて、スピーディな対応というのが…

松田: そうそう。で、事故が進展して行くにつれて専門的な話になっていくじゃないですか、そうすると伝言ゲームしているうちに絶対話が変わっていく。そのレベルです、今。
 だからその改善を待っていても仕方ないので、我々大学で分かっている人間がちゃんと測って発信して解釈も付けてね、発信もしましょうというのがやはりしたいと思いますね。

樋口: ああそうですか。すごい。今回いろいろ社会調査をしていて、放射線になんらかの形で関わっている人たちを特に中心にいろいろ聞いているんですけど、その中で公的な情報源として一番信頼できるものを3つと一番信頼できないものを3つ挙げてくださいと言うと、もう分野を横断してほとんどが、国際機関に対する信頼が圧倒的に高くて、ひるがえって政府とか特に内閣府に対してはとても不信で、東京電力なんかはもちろんダメで、ただですね、大学に対する期待がないんですね。

坂東: 大学は発信しなかった。

中尾: 日本の研究機関もあんまり信頼なかった。放影研(放射線影響研究所)とか。

樋口: 日本の研究機関もあまり…、ですが放医研はすごいよかったんですよ。日本ではトップの信頼度があって、でも方影研は知らないからかもしれないですけど低くて、放射線の影響を総合的に考えたときに重視するデータの根拠や知識の内容は何ですかと聞くと、例えばモデルとかシュミレーションとか動物実験とか細胞レベルの実験とか疫学とかいろいろ聞くんですけど、その中で一番信頼するというのが、ほとんどの人が疫学なんですよ。でも、それを実際にやっている方影研に対する信頼があまりない。

板東: これは、当科研費の仕事として行ったもので、対象は科学者です。

松田: あ、科学者なんですか。へえー、そうなんですねえ。

樋口: それで先ほどに戻って、モニタリングの時の発信とかいろいろあるのを、大学で一生懸命やりたいという話ですけど、やはりいろいろ困難とかがあるわけですよね。リソースとかも含めて。どう思いますか。大学がちゃんと発信できる体制のためには課題が大きいですか。

松田: ああ、課題が一杯あるんです。おっしゃったように横のつながりは一応それなりにあるとしても、いざとなったときにどういうふうに動くかというシステムを作るというところですよね。それはまだ出来てないですよね。
 それともう一つは、国本体がやっているEMC(※)は国の仕事ですから、おまえら邪魔なことはするな、いらんことはするなという話もあるわけなので、そこの擦り合わせといいますかね、両面大きな課題が実はあるんです。けど、国のほうはだいぶわかってきたので、まあ彼らも彼らで、ラブセットか言うのかな、クローズドな世界でモニタリングのデータを見れるシステムがあるんです、国とか公共団体の。そのデータ以外のものは基本的に受け付けないようになっているんです。
 ところが、実際にあれば(他のデータも)使う、あの状況なら絶対に使うことはまちがいない。だからそういう意味では期待されているところもあるので、逆に言うと、顔つなぎというのもだいぶできてきたので、仕事もやりやすいですね。

※ 原子力規制庁の緊急時モニタリングセンター

樋口: 逆に言えば、そういうへんな公的なあれではなくて、むしろ大学として自主的に、あるいは放射線安全管理学会の有志みたいな形で自主的にやるのは、どんどんやってくださいみたいな感じなんですか?変に国のシステムの中に入れるとかすると問題になるから、あまり向こうもやりたがらないということですか。

松田: そうです。それはできないと思いますよ。ちゃんと法で定められた枠組みの中でしかできないですからね。でも多分使えるということはわかっている。まあ大学側はだから仕組み作りやね。いまは15大学ぐらいかな。教育プログラムしかやっていないので、実際の緊急時の我々自身の訓練とかフォーマッティングとかやんなきゃならないですね。

長崎大学原爆後障害医療研究所は2018年度現在、原子力規制人材育成事業
「大学等放射線施設による緊急モニタリングプラットフォーム構築のための教育研究プログラム」により
緊急モニタリングセミナーや福島および国内高線量地域におけるフィールドワークを開催している。

角山: 標準化をしないといけませんね。どの線量計でどう動かしてというところからバラバラなんですね。

松田: そうそう、今はとりあえず測ったものをちゃんと信頼できる人たちが解釈して出しましょうということしか言ってないです。

角山: 先生、資格を作んなきゃダメなんですよ。大学の中でもあなたを認定しますよって。

松田: いやね、スキルは大したことないんです。EMCがやっている測定のスキルというのはね、だれでもできるんです。

角山: 先生が先ほどおっしゃっていて引っかかったのは、リスク判断をそこに評価を付けるとおっしゃったのが一番大学がやらなければいけないことで、でもそこはとても大変なところでもあって。

松田: そう!

角山: 物理の人は測れるけどリスク判断は下手くそな人が多いから、そこは医師や生物屋が得意だったりとか、そこはどうしたらいいとかアイデアはありますか?それともトレーニングしていかなきゃいけないとか、教育の問題とか。

松田: だから、急性期から慢性期にかけてやはり専門家が必要とされるスキルが違うわけですよね。今現在の福島で何が必要かというのと、直後とではぜんぜん違うのは当たり前じゃないですか。
 それで今考えているのは、緊急時の話なので、防護措置にどう繋がるのかと。基本的には、もちろんいかに住民を守るのかということ。と、それから今回の教訓ですごくわかっているのは、内部被曝の被曝線量評価、特に初期のが全くできていないんですよね。それはデータが少ないからですよね。それはホールボディカウンターで測らなくても、空気中の放射能濃度だったりなんだったりもっと測っていれば、もうちょっと推定できたはずですからね。
 だからそういう意味でまずはちゃんと測ったデータから、逃げるとか待機するとかいう行動にまず繋げられるように、もちろん安定化ヨウ素剤を配るか配らないとかを判断してあげられるようなね、最終的にはこれ自治体が判断しますからね。だから、そこの基準というかはわれわれが作って判断して示さないといけないと思いますけどね。

角山: 大学ですか。医師ではなく。

松田: もちろん医師も入ってこないといけないんですけどね。
 ただ、まあ今言った安定ヨウ素剤に関してはもう医薬品ではなくて医療用具になっているので、処方箋もいらないんですね。だから従来は原子力安全委員会が指示をすることになっていたんですよ、ノードクターで。今は原子力安全委員会がするというよりも、待っていたら時間がかかるから現場で判断しなさいということになっていて、先週の訓練でも面白かったのは、測定に行く人たちに安定ヨウ素剤を飲ませるかどうかというシナリオがあったんですよ。必要があれば携行させろという指示がERC(※)からきたわけです。で、その必要があればという判断はどこがするんだって。現場のEMCは判断しませんと言うわけです。で、また訊いたら、「必要だったら投与しろ」と。ぜんぜん決められないんです。

※緊急時対応センター:原子力施設で災害が発生した場合に政府が設置する。

角山: 責任をとりたくないんですね、副作用の。

松田: そうそう。データがもっとあればサイエンティフィックに対応できるんですけど、そもそも放出量としてヨウ素がどれぐらい出ているのかという条件の付加もないし、判断しようがないですよね。そんな訓練をやっていてどうなるんだって。
 だからそこはちゃんとこっちからね、50ミリシーベルトの被曝線量がもし内部被曝で24時間以内に考えられるぐらいの空気中放射能にあるんだったら、それは飲んでくださいと。被曝するまえに飲まなきゃ意味ないからね。そんなことは明確に言えますよね。それはできると。データさえあれば。

樋口: それを取るようなシステムをなるべくと。

松田: そうです。だから福島医大ではそれを自分の所でやって、見たら、一日外に居てもせいぜい20ミリシーベルトやったかな。なので、それなら飲まさなくてもいいやろなという判断だったんです。それはデータさえあればできると。

樋口: 過去の緊急時のある程度の目安ですか、被曝時にはここまではという目安というのは、緊急時ということもあると思うんですけど、それはある程度マニュアル化された例えばICRPとかいろいろあると思うんですけど、そういうのを基準に判断していくという形で、まずは提供するという感じなんですか?

松田: うーん、そうですねえ。ICRPとおっしゃったけど、ICRPの線量限度?

坂東: あんなもん、初期にICRPはすぐ出したわけですよね。

松田: ぱっと出しましたよ。

坂東: だけど誰もそんなもん聞いてへん。もうくちゃくちゃや。

松田: その、参考レベルの話ですね。10から20、20から100という。

樋口: どういうふうに考えておられるのかと思って。あれはあれで、後々批判の的になるようなところがあったりするわけですよね。子どもはどうするんだとかといった話ですけど。そこは緊急時なので、確かになんらかの形で確定的にある程度決めるとかした上で、しかしそこで心配する人のレベルはいろんな人がいるので、「こういうことだったらもうちょっとこうですね」みたいな受け取り側の必要性に応じたリスクの発信というのはあまりされてないですよね。

松田: ないですね。

樋口: 人によってはこんな細かいリスクの話はいらないから、まずは大きな確定的なのだけでも避けられれば状況としていいやと思っている、そういう人向けと、子ども、幼児のというと、やっぱり、同じ20ミリとか50 ミリ といっても、あとあとそうなりましたけど…そういうことってあるのかなと。

松田: 緊急時の場合は重篤な確定的影響をなくすのと、確率的影響のリスクを下げるという目的になるので線量的にはもっと高いところへいくんですけど、子どもの甲状腺に関しては50ミリシーベルトが一つの目安になるので、まあそういう線量評価に繋がるような計算をしてあげるとかですね。
 それ以外のその避難するとか待機するとかは、OIL(※)の1とか2とかですね。原子力防災計画で決まっている基準値があるので、それは環境モニタリングの結果だけである程度判断できる。ごく初期ですよ、もう逃げる、プリュームがこれから出てくるんちゃうかみたいな。その時期の話です。それが行ってしまって沈着したら…

※運用上の介入レベル: Operational Intervention Level

樋口: 広域被ばくになるとまたちがうと。

松田: そうそう、そうなるとOILの4ですね。そういうのを使ってやるんでしょう。それがもう少落ち着いたところでもっと幅広いエリアの広い範囲の話になってきたら、今の参考レベルの話とか20とか100の話とか、それはまた次の段階ですね。

角山: 正直にいろいろとお話くださってありがとうございました。手元の機材によりますと録音時間は1時間45分です。

松田: もう少し行きますか(笑)。

一同: 長い時間どうもありがとうございました。

松田先生にインタビューを実施した日は73回目の原爆の日。
同日、インタビュアー一同は平和祈念式典や浦上天主堂のたいまつ行列を目にした。


対談日:2018/8/9
インタビュアー:坂東 昌子、中尾 麻伊香、樋口 敏広、小波 秀雄、和田 隆宏、真鍋 勇一郎、尾上 洋介、角山 雄一
音声書き起こし:小波 秀雄

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