放射線生体影響に関する物理学、疫学、生物学の認識文化の比較分析

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研究者・専門家へのインタビュー(松田尚樹先生)

松田尚樹先生へのインタビュー 4/6

日本における放射線研究の組織体制

角山: 先生から今日聞いておかないといけないと思うのは、学会関係の事とかについてです。放射線業界の話を教えてください。

坂東: この分野はたくさん学会があってどれがどういう性格なのかもわからないですね。ふつうは、物理はまとまって物理学会です。ただ、おかしなことに、日本は、応用物理学会と日本物理学会に分かれていているんですよ。アメリカはAPS(American Physical Society )1つにまとまっています。なんでかなということを一度きちんと調べてみたいのですが、よくわからないのです。

角山: 例えば、先生が日本放射線安全管理学会の会長でいらしたときに、日本保健物理学会との合同年次大会を大分で開かれました。それを見ていた東大のある先生が「これはとても印象的な出来事だ。」とおっしゃいました。保健物理学会は昔からありますよね。にもかかわらず西沢さん(名古屋大学西沢邦秀名誉教授)などが安全管理学会を設立されました。この二つの学会の間に棲み分け的なモノは当初(安全管理学会設立当初)からあったんですか?

坂東: 安全管理学会はいつできたのでしょう?

松田: まだできてから18年目ぐらいですかね。

中尾: 安全管理学会が立ち上がったきっかけとかは何なんですか?

松田: 放射線の施設の運営とか安全管理は被曝管理と線源管理と環境管理の三つなんですね。緊急事態に外に行っても使えるスキルが全部入っているんですけど、法令に基づいたことをやるんですが、そこにはスキルもいるし品質管理もいるし、技術の向上もいるし、研究として考えても結構やれることがたくさんあるんですよ。それで法令を変えようと思っても、そのベースとなるデータをしっかり取っておかなければいけないし、だからそういうことをメインの目的としてやるような研究土壌が日本にはなかったんです。それで保健物理学会は一部そういうことをするんですけど、基本的には国際的なICRP(国際放射線防護委員会)とかIRPA(国際放射線防護学会)とかそれのまあ日本代表みたいなものになっていて、いわゆる放射線防護体系をどう考えるか、それをどう日本で展開するのかという、結構頭を使う領域なんです。  それと間違いなくバックにあるのは原子力です。原子力の平和利用があって、ヘルス・フィジックスという言葉を作ったのはアルゴンヌの研究室なんですよね。原爆の時も、原爆を作るための放射線防護とかいうとよくないからね。だからヘルス・フィジックスという訳の分からない言葉を作ってそれが日本語になってね。なので原子力がベースにあって、こういう施設の管理とはちょっと別の人たちだというのはあるんです。
 使う核種も、華やかだった頃はP-32だったりトリチウム(H-3)だったりカーボン14(C-14)だったりS-35だったり、ラベルできるものばっかりだったんです。なので原子力とは少し違う。それを司る放射線取扱主任者というのが選任されるんですが、その人たちはまあポスターセッションとかもやるけど、現場で働いている技官のかたとかそういう方が発表できる場というような意味合いがあるんです。そういう学問領域として放射線の安全管理や防護を議論する場が無かったので、それでできたのが安全管理学会だというように理解はしていますね。ただ定款を見ると、保健物理学会とまったく同じです。

坂東: 保健物理学会というのはいつごろから?

樋口: 1958年から61年頃につくられています。

角山: 放射線影響学会はどのような感じですか?

松田: 放射線影響学会はビキニの後ですね。

角山: 保健物理学会とは一緒になるような話はなかったのですか?

松田: もともとは全然違っていたけれども、最近ちょっとずつ近づいていますよね。それは多分、見るところ疫学が接点になっていますね。

坂東: そうですか。でも最初の放射線影響学会は、ビキニ事件の後、三宅泰雄 先生たちが俊こつ丸に乗って調査に出かけたとき、毎日船の中で、生物・物理、化学海洋学等の科学者が交流をして盛り上がってできたと聞いています。ですから、疫学と言うよりはむしろ生体影響をダイレクトに研究するという感じでしたよね。

※ビキニ核実験は1946年から1954年の間(第五福竜丸の被爆は1954年)。日本放射線影響学会は1959年設立。

松田: まあ疫学はただ例えば原爆被曝者のライフスパン・スタイルですよね、これはもう影響学会の守備範囲と。ラジエーション・リサーチですからね。

樋口: その保健物理学会の方もそういう疫学を接点に放医研の方に近づいているとか。

松田: はい。

樋口: それはつまり防護体系を見直したり考えたりする上で、疫学の情報整理が高く評価される中で、保健物理学会としても放射線影響学会がいま機能している内容にもっと近づいて習うべきだというようなことなんでしょうね。

松田: 先ほども言いましたが、保健物理学会というのは原子力関係に強くて、一番注目しているのは原発の労働者の疫学調査ですよね。これは放射線影響学会がずっとやっている内容ですよね。なのでそれがまず一番彼らにとっての疫学調査なんですよ。原爆は放射線影響学会で、ところが交際的にもけっこうそのへんで接点が増えてきて、最近だと例えばインワークス(※)とか、その前に15ヶ国の疫学調査が10年前くらいにありましたよね。その頃から両方ともその辺に興味と関係が始まったみたいで、今、特に甲斐先生(甲斐倫明教授 大分県立看護学大学)が会長だから、かれはリスクが専門ですから、リスクのマネジメントをしようと思ったらまずはやはり疫学が一番やりやすいし、実験的にはなかなか難しいですからね。

※ INWORKS study: 2011年にIARC(国際がん研究機関)が発足させた原子力施設の労働者に関する疫学研究

樋口: 放射線の安全管理の学会は、何か福島後はやはり需要が増えて、学会としても福島に対するモニタリングのようなことがあったり、意識が変わったりしているんですか?

松田: まあ変わったとおもいます。やはりその時の会長のキャラがあるんですけど、松本修二先生という高エネ研(高エネルギー加速器研究機構)の教授ですけど、松本先生が事故の頃も教授をされていて、高エネ研なので筑波でしょ、だからすぐに飛んできてね。自分が測ればすぐに出るわけですよ。だからもうすぐに動かれて、雨が降ったらすぐに集めて測ったりとかね。そういう具体的な提案が会員リストのメーリングリストで出てきて、それはほかの団体より早かったと思います。

角山: ただそれを外に出すのは保健物理学会の方が上手だったんですよね。

松田: 上手ですね。まとめ方が上手ですね。

角山: 安全管理学会としてはデータはとったし、例えば現地でこういうことをやったらみたいな除染のポイントみたいなことをすごく研究してたじゃないですか。洗濯機で何回回したらセシウムがとれるとか。そういう委員会を作っていたりとか、学会内では情報共有したじゃないですか。それがすごくあったと思うのですが、結局市民には…。学会として市民に対してアクションをとるというのは、見えなかったように思います。

松田: ああ、そうですね。ただ報告書を書きましたと、それをホームページから誰でも見れるようにしましたと、学会誌の方にも載せましたと…そこまでやね。一般市民向けの小冊子というかわかりやすいのがなかったですね。あえて言うなら、その翌年から郡山のシンポジウムをしたんですね。2年ほど連続で。その時はわりと市民向けの勉強会もやりましたし、僕もラジオで結構宣伝もしましたしね。

坂東: やはり会長のキャラクターによるんですかね。

松田: 安全管理学会はまあまだ若いせいかもしれませんけど、長老みたいな人がいらっしゃらないし、おられても院政を敷いて「うー」とか「あー」とか言う人はいなくて、だから若くてわりとフラットというかね。

角山: むしろ若い世代にうるさいのが一杯いるんですよ。

坂東: なるほど若い人が多い。前に学会の年齢構成を調べたら、学会によっていろいろ違うので面白いなと思ったことがありました。

松田: けっしてヤングな学会ではないですけど。こんな人(角山)を含めて、わりと次の世代みたいな。多分ぼくが第2世代ですよ。最初の世代がぼくの10歳上の方で、次に我々がいて、その中で僕が一番年寄りで中島さんとか久下さんとかいて、今の若手がその次やね。

角山: ぼくの世代がいちばんうるさいんですよ。上の人がいつまで偉そうにしてるんだとすぐ文句をいうし(笑い)。そういう意味では健全かもしれない。

松田: 文句をいうどころか、逆にわしらを使てるやろ!(爆笑)

坂東: まあでもそういう雰囲気ってわりに医療系では少ないでしょ?

松田: そうですね。それは少ないと思います。ヒエラルキーがありますからね。

樋口: やはり同じ安全管理に携わる人でも医学に関わる人と基礎科学に関わる人とで管理の現場でのカルチャーというか気をつけることが違うんですよね。

坂東: さらに、放射線の関係でも医療は又違いますね。どれぐらい医療の方々が関わる学会があるのかな。

松田: 放射線核医学とかですね。治療と診断とがありますけど、全部まとめるのが放射線医学会というのがありますね。どこの病院でも放射線科というのがありますね。あれをまとめたものです。さらに日本はまたそれとは別に、診断は診断、治療は治療、特に治療は癌なので、癌の放射線治療学会とか、核医学といって治療に放射性同位元素を使う、これはまた核医学会という大きな学会があります。

坂東: それに医学物理の学会もありますよね。

松田: ありますね。臨床放射線技師の学会もあります。

坂東: 放射線技師の資格は、さっき言ってはった資格と同じですか?

松田: そうです。これはもう完全にコメディカルな資格で、医師がいて看護師がいて臨床放射線技師がいての三点セットですよね。あとまあ薬剤師がいたり臨床検査技師がいたりですね。まあメインはやはり技師の人ですね。

坂東: 結局、どれくらいの数の学会があるんですかね。

角山: 医学部系も入れてですか?半分職能団体ぽいところもありますし。

松田: まあ細分化したものまでいくと、医学の放射線管理でだけでも何十とあるんじゃないですかね。

樋口: そこの中からそこの管理を医学的科学的に高めたいと思う人たちが自主的に入るのが放射線管理学会ですね。どういう人たちが会員として入ってくるんですか?

松田: 大学関係者が多いですね。入れと言われたら嫌とは言えないですからね(笑)。

樋口: RIセンターの職員とかは基本あったとして…

松田: 文部科学省関係というのかな、大学だったり高エネ研とかの研究職だったりがまずメインのボディーとしてあって、あと病院関係もいくつかあって、あとは企業関係ですね。非破壊検査をやったりだとか防護のサービスをお仕事にしているところもいくつかあるので、そういうところが来たりとか。

坂東: 利用という意味では、いろいろあるけど、一個一個のテーマについてはまた別の学会があるんですよね。

松田: あるんです。核医学ひとつとってもいっぱいありますからね。研究会的なものももちろんありますね、小さくなればなるほどね。メンバーは結構かぶっていたりしますね。

坂東: 国際的にみて、欧米の学会の数と比べて多いですか?

松田: 日本の方が多いですね。だから学術会議がもう10年以上前ですかね、日本の学会は多すぎるという提言をしました。これから海外と共同していくにしてもね、小さいところがたくさんあってどことやっていいかわからないですよね。いわゆる合従連衡というか統合も含めて、大きな緩やかなネットワーク型のものでもいいからつくれと、作るためにはしっかりとした法人格をもって、法人化した協会を日本はしっかり作らないといけないというのを出しました。

坂東: 地球惑星科学なんかは、結局学会がわーっと集まっておよそ4万人ぐらいになっているそうですね。それで、こっちはどうですか?

松田: それでこっちは、安全管理学会も3年前に法人化して、ぼくのとこ(保健物理学会)もその少し前に法人化して、そういう意味では法的に重なる、一緒にいろんな事をできるところまでは一応いったんですよね。実は僕も会長をやっているときに向こうの会長とか他の執行部とも何度もこの話は会議をもってやってきたんです。それで去年合同大会を開きまして、来年も合同大会やるんです。まずはそこまでです。
 次が雑誌を統合化して最終的には韓国や他のアジアの人も含めてアジアンラジエーションリサーチみたいなものを作ろうとね。

角山: そんな野心(的な構想)があるんですか! そんな夢のある話ははじめて聞きました。

松田: あるんです。でも学会を合同でやるのは簡単なんですけど、雑誌を合同にするのはほんとうに大変!

坂東: それは大変ですよ。京都大学基礎物理学研究所で発行している素粒子原子核関係のジャーナルと東京の物理学会が発行しているに物性関係のと最近やっと合同して、東京に編集室が移りましたが、名前で長く議論していましたからね。それでもまだ二つ名前の別のジャーナルがあります。おのおの自分の特徴があるし名前が無くなるのつらいのですね。

松田: そうなんですね。まあどうなるかわからないですけど。でも後はまあ、査読者を交互に交流しようとか、例えばどちらかの学会をやるときは合同セッションを一つやろうとかですね。まあまあそのレベルはなんとかルーティンにできましたね。まあ他の学会もそのようなやり方なんだろうと思いますけどね。

坂東: なるほどねえ。いやまあ物理学会も、応用物理学会と物理学会いうのが、交流はほとんどなくて、付き合い始めたのは、男女共同参画からというべきかもしれません。これだけは、化学会も含めて今では70学会ぐらいになりますかね。連携できているのです。

松田: あ、そうなんですか!


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