放射線生体影響に関する物理学、疫学、生物学の認識文化の比較分析

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研究者・専門家へのインタビュー(有馬朗人先生)

有馬朗人先生へのインタビュー 第1回 (1/2)

有馬朗人先生 プロフィール

専門: 原子核物理学
東京大学名誉教授、俳人、政治家
財団法人日本科学技術振興財団会長、科学技術館館長、武蔵学園学園長、公立大学法人静岡文化芸術大学理事長、文化勲章受章者、旭日大綬章
第14代国立大学協会会長、第24代東京大学総長、第7代理化学研究所理事長、参議院議員、第125代文部大臣、第58代科学技術庁長官などを歴任。
1930年 大阪府生まれ


インタビュー 第1回

Osaka Call と産学連携

澤田(司会進行役) 最初に、和田さん(関西大学システム理工学部教授)から「Osaka Call」について、その内容も含めてご説明頂いて、JSPS(学術振興会)で分野横断的な取り組み(日本学術振興会研究開発専門委員会「放射線の生体影響の分野横断的研究」)について、坂東さんを軸にお話しいただき、その後残った時間で有馬先生と原子力の関わりについて聞きたいと思います。
では最初に和田さんからお願いします。

Osaka Callと学振について

和田 今日はどうもありがとうございます。現在、学振(日本学術振興会)の方で、放射線の生体影響の委員会をやっています。丁度この9月で一旦終了します。その活動の中で、やはり福島(の原子力発電所事故)がきっかけで放射線の影響をしっかりやらないといけないと思うのですが、周りを見ているとあまり科学的と言うよりは政治的というか、思い込みというもので動いている方々が多いように見えました。ただ物理屋だけでどうにかできるものでもないので、分野横断と言うことで放射線生物とか疫学とか医学分野と連携しようとしてきました。
 ちなみに今日ここに同席されている古徳さん(古徳純一 帝京大学大学院医療技術学研究科 教授)は医学物理なのです。さらに学振が産学連携だったので、医療機器を作っているメーカーとか計測機器を作っているメーカーなどに一緒に入っていただいてずっとやってきました。そしてその中で国際交流に我々は力を入れてやってきて、特にヨーロッパでMELODI(※1)というEU諸国がすべて集まって低線量の放射線の研究をする国を跨いだ組織があります。そこの方々とディスカッションしながら委員会の活動も進んできて、その一つのまとめとして今年の三月に大阪(大阪大学中之島センター)でワークショップ「International Workshop on the Biological Effects of Radiation -bridging the gap between radiobiology and medical use of radiation-」を開催しました。そのワークショップの中の一つのセッションで、国際的な連携をヨーロッパ、アメリカ、そして日本の間で取ること議題にしました。特に、放射線生物学と医学における放射線利用を繋ぎましょうということが焦点でした。その結果、この機にOsaka Callという声明を作りました(※2)。国際的な団体とか、OECDの中のNEA(経済協力開発機構原子力機関)などで、研究の連携とともにファンディングについても話をしようということになっています。このOsaka Callはいわばその第一ステップとして、関心のある科学者が集まって国際的な呼びかけを書き起こしたというわけです。

※1 MELODI Multi-disciplinary European Low Dose Initiative、 MELODIのwebサイトはこちら

※2 Osaka Call  「The Osaka Call-for-Action」のこと。International Workshop on the Biological Effects of Radiationのwebサイトに全文が掲示されている。webサイトはこちら

有馬朗人先生(以下「有馬」敬称略) Osaka Callについては、日本が世界に対してイニシアティブを示しつつ大いに展開していくべきだよね。要するに原子力問題からみな始まるんだけれども、それ以前の問題として人間がずいぶん放射能を利用しながら放射能の怖さを知らない面があるし、逆に怖がりすぎている面もある。これは一つには文部省の失敗ですよね。昭和56年(1981年)、中学校から放射線、放射能を無くしてしまったのですね。それで中教審(中央教育審議会)の会長だった頃に、もどせと言ったんだけれども、もどし損なったんですよ。そしてそのうちに福島の事件(東京電力福島第1原子力発電所事故)があってね。福島の事件の直前の2010年にやっと中学校で放射線を勉強しようとなってたところにあの事件があったんですよ。だからそのためにせっかく放射線、放射能を教えることが決まっていたのに、実態としてはさらに遅れたということがある。あまりにも放射線、放射能というものに対して世論が怖がり先生たちが教えるのいやがったので、当時の文部省が外してしまったということが悪かったんです。先生たちに正しい情報を与えて、政治的に偏ったものではなく、もっと科学的に客観的に教えなさいと私は言っているわけです。

 原子力も今の一番の問題は、科学技術庁が潰れてしまったから、国として基礎的な研究からきちっとやるという力が文科省にないんですね。文部省と科学技術庁が合併したことの良かったことは、スーパーサイエンスハイスクールなどを作って、科学教育、理科教育に対する積極性が出たんですよね。その代わり、大学における基礎研究をさらに発展させるという点で、前は文部省と科学技術庁が協力して、非常に基礎なところは文部省の科研費でやっておいて、その後は科学技術庁のほうでやると。それで成功したのが山中先生のiPS細胞ですよね。そういうチャンネルが無くなってしまったんだよね。

 それは原子力においても甚だしくて、関西はまだ良い方だけれども、実験原子炉が熊取(旧京都大学原子炉実験所、2018年4月から京都大学複合原子力科学研究所に改名)と近畿大学にあるでしょ。関東は全然無いんですよ。ほとんど潰れましたよね。東北も無いんですよ。結局それで東北も本来は炉でやったほうが有効だと思うがなかなか作れないというので放射光にしたのかな。放射光はいいんですけど、やはりニュートロンの方が良いことがあるのよね。そういう意味で例えばモリブデンを作る(※)にしてもいろいろ役に立つ事をね、全て今ストップしている訳ですよね。これは行き過ぎで、それをやれって言うんだけど文科省は弱いわけですよ。

※ モリブデン 病院の核医学検査では、テクネチウム(Tc-99m)が多用される。Tc-99mは半減期が非常に短いため(6時間)、親核種のモリブデン(Mo-99、半減期66時間)から分離精製し使用する。モリブデンの生成には従来原子炉が用いられてきたが、現在国内ではモリブデンの生成目的で稼働する原子炉は無く、海外からの輸入に100%依存している。また、供給源の海外の原子炉も一部停止しており、供給不足の状況にある。


 今のところは専らエネ庁(経済産業省・資源エネルギー庁)が中心になっていて、エネ庁はやっぱり東大法学部とか京大、阪大法学部の出身者が中心でやっているから、経済性と世論と言うことだけで動くんですよ。技術がないんですよ。その技術をやっていたところが平成3年(2001年)の、省庁の改編の前には通産省にあった工業技術院が解体されて、それが産総研(国立研究開発法人産業技術総合研究所)になるわけですよ。ところが産総研は第二の理研みたいになって基礎研究ばかりやっているんですよ。そういう意味で、工業技術とか原子力の研究というのは非常に弱くなってしまったんですよ。放射能の研究も弱くなったね。

 何が心配かというと、今のBWR(沸騰水型原子炉)だけでやっていたら未来永劫プルトニウムをどうするかという問題があって、しかも使用済み核燃料をしまう場所すら決まっていない状況で、第2世代の原子炉だけでやるのは馬鹿だと。第3世代、第4世代を積極的に考えて、水を使わない炉であるとか、あるいは全く違う思想の、例えば核融合やるとかね、そういう新しい技術を本気で研究する科学者、技術者がいないといけない。そしてそのもとを作る理学部系の基礎物理学者、基礎化学者がいて、そこがきちっと研究開発しないといけない。そこが非常に弱くなってる。論文の数は減るし大学のランキングは落ちるし。先日も神戸製鋼や日産自動車で不正の問題があったけど、企業側だけの問題ではないんですよ。あれだって基礎的な研究開発や技術者養成がきちっとしていないからモラルが欠けてしまったんですよ。

画像引用元:経済産業省「平成26年度発電用原子炉等利用環境調査(革新的原子炉の研究開発動向等に関する調査)報告書」、本報告書の全文はこちら(.pdf)


坂東 そういう意味ではJCO(東海村JCO臨界事故)もそうですよね。

澤田 和田さんが今日持ち込まれた、サイエンスベースで追求するそのフレームワークができそうにないんですか?

和田 いまのところ学振の中で続けるというのが唯一現実的な拠り所ですね。産学連携なんです。ところがかなり基礎志向なので産業界の方がそんなにどんどん関心を持っていただくようにはなかなかいかないですね。

有馬 なるほど、状況はよくわかりました。要するに、工業技術院が無くなったので新しい工業の開発という力が弱くなって、それのもとになる科学技術庁の新しい技術開発がなくなった。それで文科省になっても文科省があまり大学の基礎研究に熱心じゃないからね。そして文部科学省は大失敗して、これは私にも責任があるけれど、国立大学を法人化して運営費(運営費交付金)を減らすという大馬鹿なことをやってしまった。絶対に運営費交付金は減らすなと附帯条件をつけて法律を作ったにも関わらずね。その上、国立大学の法人化を公立大学まで真似して法人化しているんだよ。国立が運営費交付金を1%減らしますという方針を取ったら、なんと全く関係の無い県立までやっているんですよ。

澤田 かつての総合科学技術総合会議は今機能しているのでしょうか?名称は、総合科学技術・イノベーション会議になっていますが。

有馬 あれも非常に弱くなった。あれが一番活躍すべきところですよね。総合までつけてね、常任の委員まで作ったわけよ。そこまでは成功したのよね。そして現場のひとも必ず一人入るようになった。しかしそこから総理大臣が熱心ではなくなってしまって、委員長がなかなか決まらなかったりとかがあって、今非常に発言力が弱くなっていますね。そして発言が弱くなるのはしょうがないにしても、研究開発費の方の伸びも悪いよね。というより、せっかくあるお金を使い切れないんですよ。せっかく科学技術基本計画が5年ごとに作られ、1996年に作られた当初は最初の5年計画には17兆円で、現在では24兆円まで行ったのに、残っちゃうんですよ。それを残すなということを言ってだいぶ運動しているんですけどね。とりあえずね。そして総合科学技術・イノベーション会議ですね。イノベーションのことばかり言うんですよ。ほんとうにイノベーションを起こすためには、大学や国立研究所、日立や東芝の総合研究所みたいな研究機関がしっかり機能した上で、新しいイノベーションが出てくるんだよ。国がイノべーションって言ってたって出てこないんですよ。そういう大問題があってね。もっと大学や研究者のボトムアップの力を大切にしてほしいと私は繰り返し言っています。

坂東 たしかに1980年代はジャパン・アズ・ナンバーワンと言われてましたね。むしろ海外がそれを真似したぐらいですよね。

有馬 まあそれが2000年に消えたんですね。昨日もね、林文科大臣がね、「Japan is No.1」って言われたって喜んでいたけどね。そんなの過去ですよ。


1979年に上梓された社会学者エズラ・ヴォーゲルの著書「ジャパン・アズ・ナンバーワン(原題:Japan as Number One: Lessons for America)」は、日本の隆盛を表す書として当時ベストセラーとなった。


澤田 話を元に戻しますが、結局Osaka Callというのは学際的にとりわけ基礎的なところで医療と物理を軸に連携していこうということでしょうか。

和田 まあそれに加えてできればもう少し低レベルな、例えば廃棄物の処理とかも視野に入れて行きたい。福島の原子力発電所の事故後の除染によって発生した低レベル放射性廃棄物の行く先がないということの一つは、規制が厳しすぎるということもあります。もっとリーズナブルにやろうと思うと、放射線ってどれほど影響があるのかという知識をきっちりしなければいけませよね。

有馬 だからね、まさにしなければいけないことは、本当に1ミリシーベルトなのかと(※)。天然にどのぐらいあって、そこにプラスしてどこまで限度があり得るのかというね。ともかく自然放射能というのがどれくらいあるのかということすら皆知らないわけですよ。だから測ると1ミリシーベルトより高かったと言って大騒ぎになるわけですよ。そらそうなんですよ、もともとそれぐらいあるんだからね。そういうことをきちっと知らないとね。ちなみに飛行機というのは危ないんですよ。上から放射能が降ってくるから、だからパイロットは放射能をたくさん浴びているわけですよね。そういうことをしっかり教えて、その上でセシウムはどうすればいいのかとか、そういうことをきちっと教育すればいいんだよね。おもしろいことにセシウムは米(の食する玄米の部分)にはあまり吸収されないという興味深い研究もあるからね。新しい研究も加えて、放射線とどう共存共栄するかというところが大切だと思いますね。

※ 1ミリシーベルト 我が国の法令では、医療における検査や治療等で被ばくする放射線を除き、一般公衆が被ばくすることが許される放射線量は自然放射線とは別に年間1ミリシーベルトまでとなっている。我が国における自然放射線による被ばく線量は、一人につき年間平均2.11ミリシーベルト。


澤田 そこで問題になるのは物理と医療の接点かと思います。物理と医療を繋ぐ、まさに昨今坂東さんがやっておられるわけです。

有馬 医薬関係だとね。まず可能性は私が今私が会長(代表理事)を務めるアイソトープ協会(公益社団法人日本アイソトープ協会)に相談してみてください。紹介しますよ。アイソトープ協会そのものは協会だからそんなに力はないけど、例えば使ったラジウムが残っていて、それを新しい医療用にするとかね。新しい方法で放射線医療に役立てるとか、そういう事をしているからね。そのことに関係する会社がいくつかあるんですよ。だからアイソトープ協会に9月にでも一緒に行ってあげるから、相談して、そして放医研(国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構・放射線医学総合研究所)だとか医薬会社と組むということ。それからもう一つ競争しているところがあって、富士フィルムはずいぶん前から放射性医薬品を仕事にしているんですよ。そういうところを入れたらいいよ。

澤田 それではここで一旦まとめたいのですが、その前にこの際お聞きしたいことや言っておきたいことなどあれば。

有馬 まずこの問題の出発点はアイソトープ協会でしょうね。そして放射線医療ですね。放医研にも何らかの寄与をしていただくとよいのではないでしょうか。そして民間にも放射線を使っている薬品会社がいくつかあるから、そういうところにも関与していただくようにしていくのがいいと思いますよ。

坂東 それと阪大にせっかくRIの管理センターを統括した新しい機構(大阪大学放射線科学基盤機構)ができたので、それを大切にして行きたいですね。関西にも拠点が無いとだめですよね。

有馬 関西に拠点があっていいですよ。今一番まともに原子力の研究ができるのは大阪大学と京都大学ですね。やはり大阪を抱え込まないとね。東大はもう壊滅してますから。だから私は(東大に)頑張れよと言っているんですけどね。
 あと食品会社ですね。食品会社をもう少し啓蒙して欲しいんですよ。食品会社は実は放射線を使っているんですよね。ところが日本はアメリカに比べて食品に放射線を使わないんですよね。生肉でよくO-157とかで必ず人が死にますよね。アメリカでは死なないんですよ。なぜかというと生肉に放射線をあててしまうからです。日本はあてると売れなくなるんですよ。だから食品会社が健全にもっとみんなに説得をすべきなんですよね。日本の食品会社は異常に警戒しているんですよね。遺伝子組み換えも日本は嫌いますよね。だから放射線の適切な使い方を食品会社に協力してもらって説得していくべきですよ。

(第1回 2/2 に続く)


対談日:2018/8/6
対談場所:武蔵学園会議室
インタビュアー:和田 隆宏、澤田 哲生、古徳 純一、真鍋 勇一郎、坂東 昌子
音声書き起こし:澤田 哲生、角山 雄一

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