放射線生体影響に関する物理学、疫学、生物学の認識文化の比較分析

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研究者・専門家へのインタビュー(和田先生)

和田昭允先生へのインタビュー 後編 5/5

固定概念からパラダイムシフトへ

w:新しい発見は、常に、その道のプロよりは、異分野の科学者か若手であると私は感じますね。それは、固定概念にとらわれないからですね。

b:宮田隆先生が、「分子から見た生物進化」(ブルーバックス)の中で、「新しいイノベーション始めるのは、結局は、その、他分野の科学者か、若手だ」というトマス・クーンの文章を引用しておられましたが、その分野で定説が確立すると、その分野からイノベーションは起こりにくいといということですね。木村資生先生も苦労されたのだと思うのですけどね。

w:そうでしょう、木村先生は、人間の好き嫌いが、はっきりした方でした。私はねぇ、非常にかわいがられたんですよ、でも、好き嫌いが激しい人でねぇ、あの人は、いやぁ~もう嫌いだったら徹底的だったです。

b:好き嫌いというより、科学者として評価できるかどうかということなのではないですか?それにしても、相当敵が多かったというべきですか。

w:いや、もう、そういうことあるから、本人も嫌われるわけですよ。激しい人でしたねぇ。

b:木村先生は日本人とほとんど、共同研究やってないんですね。

w:あ~、あの、太田朋子さんは、愛弟子ですからね、一緒に論文書いていますが。あと、やってないかも知れませんねぇ。

b:海外の人、例えばCrow, James F、とはとても気が合っていたそうですね。クロウは、なかなか優れた方ですからね。クマールもそうですが、例えば、人とサメが分化した後で、血液の中のヘモグロビンのアミノ酸構造というのが、分化の過程で、どれくらい突然変異を受けているかを調べるのに適していて、DNAレベルで比較できるんですね。そうすると、同じアミノ酸でも、DNAのコードの段階で長年のうちに書き換えが起こっているかがわかるそうです。こういうのは、「同義コード」というわけですが、表現型には全然変化を与えないけど、DNAの文字列の段階では変化が起こっているというのが今ではDNAを読むとわかるのです。そうすると、突然変異がどの程度起こっているかをDNAレベルで比較できるわけです。例えば分化したのが10億年前とすると、その間にいくつDNAレベルで変異したかを推定できます。そしていろいろ比べてみると、結構変異率は、いろいろな種には関係なく一定だとわかったのです。これを分子進化速度というのだそうです。ところが、これを、(表現型の)進化速度と比べてみると、速すぎるんです。実はこれが進化の中立説につながるわけですね。つまり、表現型の進化は突然変異したものが全部関係しているのではなく、ほとんどは進化には生物には何も関係がない変異なんだと、つまり中立なんだという、進化の中立説を導いたわけです。

w:いや、すばらしいですね。木村先生は! もっとも、中立説は、突然変異は進化に関係あるかない、つまり中立か、という二者択一だったのですが、太田さんは、きちんと現象を見ていくと、選択則も強弱がある、つまり「進化の中立説ではなく、様々な段階がある、だから進化のほぼ中立説」であるということを導いたのですね。まぁ、そのほうが物理屋には受け入れやすい、選択の強弱を表すパラメターを導入できますから。これは、我々にはよく分かりますけどね。
まぁねぇ、さっきも言ったけど、木村さんってのは、人の好き嫌いが激しい人でしたねぇ、もう、僕と話ししててもね、人の悪口ばっかりですよ。

b:そうですか、その、悪口は、的を射た悪口ですか?

w:まぁ、ある程度はねぇ。

b:やはり、学問的に厳しい方で、科学者として悪口言いたくなったのでしょうねぇ、敵ばっかりだったのでしょうね。

w:激しい人だったですねぇ。

b:この話で思い出したんですけど、今、ちょっと困っている問題があります。それは、今行われている、福島の健康調査です。これについては、いろいろ批判もあるのですが、それでも、データを一応公開しています。この調査報告に対して、大きく分けて2つの論文が出ました。どちらも、疫学専門の科学者たちの論文ですが、この2つは評価が正反対の結論を出しています。私たちは、疫学の専門家である田中司朗教授にお願いして、これらの論文の検討会をしました。潜伏期間の評価やスクリーニング効果の問題など、いろいろ問題点はあります。この評価はいろいろな要素をきちんと振り分けないといけないので、評価がまだ一致するところまでこぎつけていないというべきだと思われます。ただ、どちらも線量とリスクの数量的関係を議論していないので、どちらも最終結論には達していないと思います。それに、今後の長い調査とも連動しています。(詳細はウェブサイトを参照のこと)
こういう段階では、学問的な理論を十分尽くして、科学者内での議論を中心に進めるべきで、こんな段階でプレス発表したりするべきではないと思うのです。しかし、実は、市民まで巻き込んだ論争に発展しているのです。私らはそれを綿密に読んで、これ、疫学的にどこまで正しいかいうのを、勉強したのです。ただ、田中教授は、これまで放射線の影響を調査した経験はありません。新鮮な統計学者としての目で、きちんと両方とも評価してくださいました。田中教授は、日本で初めて生物統計学の講座を東京大学で開設された先生ですが、その研究室出身です。

w:あ~、お名前は聞いたことがありますねぇ。

b:アカデミックな考察ができ、物理屋のことも分かっていただけるので、非常に助かっています。で、公平な立場から、両論文とも、「最初に書いた論文としては意味がある」と評価されました。お互いにもっと議論できれば実り多いのですが。お互いに交流がないのが悲しいです。

w:下手なんですよねぇ~。

b:木村先生は科学者間でやりあったんですよね。やっぱり、木村先生もこうだったのかなあ・・・。

w:それはそこまで下手ではないですよ。

b:それに、ズ~ッと見ていると、どちらも相手に反論もしないのです。ちゃんと相手の論文を読んでいるのかなと疑いたくなります。

w:よくあるパターンですよ。

b:どうですかねぇ、それで、私たちは、どちらの人ともちゃんと議論できればいいな、というか議論すべきだと思っています。

w:いいじゃないですか。

b:でも、どちらもそう簡単にご一緒にという感じにならないのです。

w:大変ですね。

b:いや、今、木村先生のお話聞いたら、苛立ってくるかなと・・・・。

w:苛立つんですね、うん、苛立つんですね。

b:でも、先生、そんな対立になったご経験がありますか?変な話、そこはやっぱり科学者ですから、もうちょっと違ったアプローチが出来ていいんじゃないかと・・・。

w:ことに物理学者はね、それに近いことはないわけじゃないんだけど、そんときに、きちんと説明したら大体通りましたけどねぇ。

b:う~ん、あの、お互いに科学者としてのレベルが高くないと、こういう連携はできないのかもしれません。相手がこうなるとこちらもいら立つという風にマイナスに働きますね。

集団遺伝学は、生物学としては珍しく理論のモデルを作り、その妥当性を検討するという理論物理学の体系を打ち立てた。そのために量的に推定するためのモデル構築である。(太田朋子「分子進化のほぼ中立説」P12より)

w:そうです、それがありますねぇ、それがありますねぇ、まぁ、相手によりますからねぇ、おっしゃるように。

b:そうですねぇ、人柄にもよりますしねぇ。でも木村先生は、評価できる人はちゃんと評価しておられたのですよね。

w:そりゃ勿論です、もちろんそりゃそうです、そりゃ立派なもんです。太田さんのように自分の説に対して批判をする相手でも、納得がいくと仕事をご一緒にされた。

b:私もね、太田さんとは、1990年代に、女性研究者で中国に行ったときから存じ上げていました。日中女性研究者交流団は、向坊団長で、猿橋勝子先生が副団長でした。太田さんは、控えめでいらないことをいう人ではありませんでした。で、当時は、結局、学問の話はあまりしなかったんです。
今回、生物の研究を始めて、しかも、進化の話と結びついてきて、木村先生のご本読んだりして、ぜひ、太田先生のお話を聞きたいと思いました。「じゃ会いましょ」という話になって、学問の話始めたんです。そしたら、太田先生ってものすごく雄弁に話されるんです。学問の話になったとたんです!凄い人ですね。

w:やっばりね、そりゃぁ、中身があるんでしょう、えぇ。

b:すごい人やなぁと思いました。木村先生はいい相棒を持っておられたとつくづく思います。

w:そりゃあ、やっぱり木村先生だけじゃあねぇ、色んな、データ処理とか何とか、絶好のコンビだったんじゃないですかね~。

中立説に対する多くの反論が、中立説を」ここまで優れた理論に磨き上げることに貢献したのだ。ジェームス・クロー (宮田隆「分子からみた生物進化」P116 より)


新しく生物分野に飛び込んで

b:それにしても、あの木村先生の岩波新書「生物進化を考える」は、読み物というより、ほんとに教科書ですねぇ、あれが一番勉強になりました。

w:やっぱり、素晴らしいアイデアですからね。当時、そんな教科書はないわけだから、丁寧に正確に書かれたんでしょうね。正直言うと、今の生物を研究している人も、ほとんど考察したことのない、新鮮な驚きをいっぱい抱えた本ですね。

b:知らんこといっぱいでした。第1に、そもそも。ショウジョウバエの実験とマウスの実験のとる全変異率を単純に比べると、1,000倍も違うんです。

w:ミューテーションがね?ハエとマウスでは、DNA情報のリダンダンシィがものすっごく大きいんじゃないですか。

b:はい、ある意味そうだったんです。突然変異は、放射線によるDNA系列が変化するのですから、物理的にハエもマウスも同じ程度であってよさそうです。それでよく調べてみると、突然変異といっても、ハエの場合劣性致死遺伝子の変異、マウスは1遺伝子座当たりにした変異率です。常識のなかった私たちは、劣性致死遺伝子というのは1つの遺伝子座だろうと思っていたんです。ところが、木村資生の本には「ハエの第2染色体にある劣性致死遺伝子の数は500-1,000」と書いてあるではありませんか!そうしたら、1遺伝子あたりという単位にあわせたら同じオーダーになるのです!

w:なりますねぇ。

b:それで、ズ~っと、疑問だったのが、解消したのです。ほぼ同じオーダーになったのですね。びっくりでした。

w:あぁ、そうですか、なるほどねえ。

b:え~、なんや、木村先生はご存じだったんだと思って。でも、今生物をやっている人、こういうことあまり気にしないのですね。つまり、数字にはあまり関心がないのです。むしろ、多様性のほうにずっと関心が高いんですね。

w:でも、桁っていうのは、大体ね、頭の中に漠然とみんな、入れるもんですよ。

b:だから、ちょっと不思議なんです。今、ちょっと、突然変異の話から、がんの発生の機序に焦点を移しつつあるのですが、最も単純に2ヒット理論が使えそうなのは、網膜芽腫です。このがん抑制遺伝子はRbという遺伝子で、ヘテロで、1つのDNA系列にミスがあっても大丈夫なんですが、2つともミスが起こるとがん抑制遺伝子が働かなくなります。そこで、Knudson、医者なんですが、が、遺伝性(ヘテロ)の人は1ヒット、正常遺伝子の場合2ヒットで網膜芽腫が発生することを突き止めました。これを手掛かりにして、数理モデルを確立しようとしています。そうすると、いろいろ疑問が出てきて、網膜芽細胞はどれくらいありどれくらいの増殖率なのか、などなどいろいろ知りたいと思うのですが、これまで数値というものが書いていないのです。要するに、遺伝子の変異いうのが、どれ位の確率で起こるかは、もっと精密にファクターまで知りたいわけです。恐らくですけど、進化の速度とか、私たちが計算した変異率と、ほぼオーダー的には同じだと想像できます。でも、確かめよう思っても、いろいろな知識が必要になってきます。数値もどこにも書いてないので困っている状態です。

w:そうですか。どうしてかなぁ?数字出すのは難しぃんですかねぇ、生物ってのは、やっぱり。

b:でも、インプットアウトプットは、システム的に釣り合っているはずですから、想像できるはずですね。

w:私は、今高校ででね、生徒たちに教えていることがあるのですが。

b:そうですね。横浜サイエンスフロンティア高等学校で、常任スーパーアドバイザーをなさっていらっしゃるんですよね。単にアドバイザーというなまえだけでなく、生徒さんたちに、和田サロンを作って話し合いの場を、頻繁に持っておられるんですねなんだかとてもうれしそうにお話されていて、楽しんでおられえるようにお見受けしています。

w:はいはい、若い人たちと話すのはとても楽しいです。そこで、いつも言ってるのは、数量の勘定をね、もう、いつも頭の一端で感覚的に気にしておく必要があるってことです。それで、僕が例を上げるのはね、1億って数はどれ位だと思うんだと、1億ってのはねぇ、10の8乗、それ位のことはみんな知っているだろうけど、実は東京から、鹿児島までの距離。それは、1億センチメートルなんだよと、そうするとね、東京から鹿児島に飛行機で飛んだときは、その長さをセンチメートルで測ったってね、その数だけあるんだよ。というのです。でも、ですが、みんなね、そういう感じが、持ってない、とらええ切れていない・・・

b:持ってないですね、1、十、百、千、万、10万、百万、千万、一億・・・・・って、こう、数えるだけで、感覚としてどれくらいというのの現実味がないっていうか・・・・・

w:そう。

b:よく考えてみると、オーダーが気になるはずなんですが。

w:少なくとも、オーダーが、うん、そう。

b:ファクターは、まぁ、色んな要素があるけども、オーダーが極端に違ったら、ほんと、気持ち悪ないって思うんですけどねえ。

w:そうなんです。オーダーっていつも頭の中にあるんですよ。


異分野交流を進めるもの

b:既成の学問がある程度確立してくると、どうしても既成の固定概念が学会を支配するようになりがちですね。

w:新しいこと見つけちゃいけない、ね? 困ったものですねぇ。

b:ところが、物理学は、どちらかというと異質なものに好奇心が高いのです。例えば素粒子の標準理論(ワインバーグ・サラム理論)は、ほぼ確立しているのですが、鵜の目鷹の目で、ちょっとそこから外れた現象を見つけようとみんな必死になっている。実験屋さんでいい仕事をしている人は、いつもほぼ2つのことを睨んで実験計画を立てるといっています。1つは従来の標準的な考えを推し進める着実なデータの蓄積、そしてもう一方で、「ここにひょっとして新しい現象が見つけられるかも」と言う賭けをひそかに狙っているのです。そして常識を外れた現象が見つかるとエクサイトしてさらに追及するのです。でも、これって、別に、物理だからというわけではないですよね?例えば、生命科学でのセントラルドグマ、DNA→mRNA(転写)→タンパク質合成という情報の流れに対して、レトロウィルスでは逆にRNA→DNAという情報の流れ(逆転写)の存在がテルミンたちによって発見された時や、Mullerが発見した放射線による突然変異の存在などは、それまで突然変異は自然に起こる偶然の結果だから、仁王的に起こせるはずがないと思っていた常識を覆したわけですが、すぐに注目され受け入れられました。ですから、まあ、必ずしも物理だけが特異点というわけではないかもしれませんね。ただ、生物の場合は、実験で動かぬ証拠を見せつけられると、有無を言わさず受け入れるのかもしれません。それにしても、確立している分野、ある意味で古くなってきた分野などでは、常識を覆すのはかなり抵抗がありますね。常識から外れることなどありえないとみんな思いこむ。どうしても、博学で知識を身に着けているベテランの権威が大きくなる。天文でも、お星さんをみてその性質を分類している段階、現象論のフェーズでは、既存の博学的知識が優先するのは当然かもしれません。ですから、学問の発展段階によってパラダイムシフトが起こりやすいフェーズがあるのでしょうね。物理は、星の中身のメカニズムに迫らないと気が済まない・・・。

w:星や宇宙の生成とかね、それは物理ですからね。

b:分類学のフェーズでは、異分野交流して新しい目で対象を眺めることはそれほど評価されない。たくさん覚えている方が勝ちみたいな。

w:そうなんでしょうねぇ、知識の多さで「格」が決まっちゃう・・・

b:そんな価値観から脱却するきっかけは・・・? やはり一定の蓄積ができた段階で期が熟してくるのかも・・・。それにしても、何ていうのか、分野によって、イノベーションを起こすための議論がどれくらいできるかという場の雰囲気が違う。そうすると学会での質問や議論の仕方がずいぶん違ってきますね。

w:仕方も違うし、質問も、していい悪いから始まるわけですよねぇ、何故なのかなぁ。

b:でも、本当に精通した人は、それで満足してないような気もするんです、例えば先ほどご紹介した法学の大塚先生なんかが、もうちょっと、こう、学問変えていただくといいんですけどね。でも、さっきのお話で、医学部の先生でも、いい先生がおられて、ちゃんとコンタクトがとれたいうのは大きいですね。

w:大きいです! これは大きいです!それに、医学部のその先生の弟子ですが、優秀なのを送り込んでくださった。堀田凱樹君なんか、情報システム研究機構なんかのヘッドをしてたんでしょ、あの、統計数理研究所?

b:面白いですねぇ、あの先生・・・・

w:面白いですよ。決してネクタイしないのですね。

b:ネクタイですか?そうですか。いや、私も面白い思い出があります。丁度、交通流の研究を始めた頃です。物理学会以外の学会発表をすることになるわけですが、一緒にやっていた若い人(彼は優秀だったのに若くして他界してしまいました・・・中西健一さん!)が、学会に行くのに、背広とネクタイぶら下げてきて、「様子見て、着替える」と。

w:それはわかります。

b:で、2人で面白い発見をしました。着替えなくてもいいところのほうが、質問や議論が活発だと・・・・。

w:ははぁなるほど、自由な雰囲気なのね、そりゃ分かりますね。

b:ネクタイなしのところは、ホッとするといいますか。何を議論しても白い目で見られない、だけど、ピシッと服装が決まっているところは、「ただ今のご発言ありがとうございました」から始めないといけない雰囲気で・・・。何でしょうね、不思議だな~って思いました。変な話ですが、学会や学者集団でのコミュニケーションのにネクタイ締めて行くかどうか調べたらいいか・・・なんて話もしました。

w:そうですね、それ、いい! 非常にいいメルクマールですね、ハッハッハ。

b:実は私の実家はネクタイ屋さんでして、ネクタイ売れなくなって困るのですが。

w:まぁ、そうことから言うと東京倶楽部はほめられてもいい。必ずネクタイしますから。でも一般には、そうですね、ネクタイしなくなりましたねぇ、あ、横浜市はねぇ、もう、市庁舎でネクタイしなくていいって、えぇ、クールビズとか、とかではなくても。

b:とはいえ、物理の人に、まったくマナーがなっていない面もあって。例えば賞の授賞式で、ジャンバー姿の人がいました。さすがに、「もうちょっとましな服装したら」と思いました。

w:

そ~りゃ、ちょっとねぇ。

b:その辺が、あの、誤解される面もあるんです、出るとこ出るときはちょっと・・・

w:

それはやっぱり、広い広―い社会というのがあるわけですから。専門家でございっていうのはいいけど、やっぱり。

b:そうなのです、それもね、分野横断のコミュニケーションを広げたいときに誤解されるというのもあり。損ですよね?もう、物理は行儀悪い人の集まりやみたいな・・・

w:損です。そうです、まぁ、確かに行儀の悪い人達がいたってことは、間違いはない。

b:だから、結局、異分野交流を成功させるには、その人の特質というか、人柄や品位も大きく影響しますね。結局、人と人の問題になってくるような気がするのです。

w:人です、1にも人、2にも人で、ですから・・・・

b:若い人が、育っていくときに、いろいろなノウハウを、どうして身に着けてくるかということなのですね。

w:まぁ、物理教室みたいなところにいればね、よく分かりますからね、そういう、雰囲気で育つと・・・。だけど、そうでないとこでもね、ちゃんと・・

b:ちゃんといい人育つのでしょう?

w:います、いるんですよ。

b:江橋先生なんかは、どういう風に?どういう育ち方をされたのですかね。

w:江橋さんの場合について言えば、先生が熊谷洋教授で、これが良かったんです。薬理学の先生ですけれども、医学部長もされましたけれども、非常に温厚な・・・

b:結局人柄になるんでしょうか?

w:私は、スゥエーデンで学会があったときに、スゥエーデンの一番北、北極近くまで、国際会議の後で旅行しました。「和田君行かないか?」って熊谷先生に言われて。歳は20歳以上違ったと思うんだけど、親しくお供して、不愉快な思い、一度もしないで、ほんとに友達付き合いでした。やっぱり、こういう先生から弟子へと、こう1つのルートが出来てて、変なとこはいつまでも変だっていうことになっちゃうんですけれどもね。

b:やっぱり、どこの研究室に入るかいうのはかなり重要ですね。

w:重要です。僕は、そういう意味では森野米三先生のところに行って本当によかったと思います。森野先生から言われた、私の運命を変えたような一言があるのです。それは「他の人のやらないことをやれ」って、「それだけ考えろ」っていうんです、いい仕事とか悪い仕事とか、そういうんじゃなくてね、とにかく、他の奴がやらないことをやれと、そんなことで、生物物理へと導かれたという・・・わけですよ。あの一言がねぇ、僕は、今、弟子達にも言っていますけどね、効きましたね、うん、まさに学問のねぇ、本質をワンポイントで突いてますね。

b:そういえば、京大工学部の福井謙一先生、フロンティア軌道理論でノーベル賞をとられたのですが、これもいわゆる当時理学部の化学教室では、ちょうど量子力学ですべて計算できるということで、スタンダードにシュレーディンガー方程式を中心の軌道から積み上げていって原子核の周りをまわっている電子の多体問題を解いていたそうです。その、同じやり方だと、突破口見つけられなかったのですよねぇ。ところが、ちょっと見方を変えて一番外側を回っている、フロンティア電子に目をつけて成功した。やっぱり、難しい問題に、人と異なった見方で迫る、そういう人が育つ環境、そういう研究室が大きな役割を果たしているんでしょうねぇ。

w:研究室の人間集団ですね。えぇ、人間としての集団。

b:「研究室に入ったら好きなことやらしてくれた」、何かそういう許容性のあるボスがいないといけませんね。

w:そうです、そうです。そこが問題なんですねぇ~。

b:でも、好きなことといって、遊んでばっかりいたかいうと、実は、やりたいことを見つけて、猛烈に頑張る・・・。

w:遊んでないんですよ、本当は、研究者になろうなんて思っている人間だったらね。

b:本当にね、好奇心があれば・・・・

w:頭の中で何か色々考えているのです、それが大事なんでね、よく私、今の高校生に言うのですが、1を聞いて10を知るって言葉があるだろ、それをよく考えてみろと。1を聞いて残りの9が何にもないところから集まってくるはずはないのだ。じゃ、1を聞いて10を知るっていうのは何か? それは頭の中に色んなアイデアがね、こう、飛び交っているのだ。これを、暗黙知という。暗黙だから人には説明できないけど、それがたまたま入って来た1が、そういう連中の主だったやつを集めてね、それでまとまって10っていう格好にする。だから暗黙知を大事にしろと、いつも言ってるんですよ。

b:馬車馬みたいに論文書くというだけではね。やっぱり、次が出てこない。そういう状態だと。例えば、放射線の影響では、ハエの実験から出てきたLNT(総線量に比例して変異率が増大する)がず~っと支配してきた。だから、「総線量が増えてきて、LNTで合わないデータが出てきたら、どうするのですか?」と聞いたら、「そこはカットして論文出します」っておっしゃっていました。

w:ハッハッ、だけど今、僕笑ったけど、確かにそう言われてみればね、そうしている人が多いんです、いらないとこや変なのはカットしてる・・・・

b:確かに、外れているので誤差が大きいとか実験が間違っている場合もあるのですが・・・・・。でもひょっとしてこれ何か新しいことを意味していないかなと思ってもよさそうですのにね。

w:そうです、そうです。

b:今までのドグマから抜けられないわけです。そういうやり方で論文をかいて、一応一人前になるのですが、じゃあ、新しいものが出てきたって見過ごしてしまいますね。素粒子論だったら、それこそ、変な振る舞いがでてきたら、色めき立ってかんかんになって調べますが。

w:そうです、そうです。サイエンスは変わったことが出て、それがうれしいのですからね。同じことが出たら、単に確認になったということだけどね。まさに僕、高校でね、しょっちゅうこのことを言ってるのですけれども、高校生位になるとやっぱり変わったことが出ると心配なんですよね、こういう傾向は、日本人が特に強いんじゃないかなぁ~。

b:そうなんでしょうかねぇ、じゃあ、物理は日本人離れしている・・・・。

w:何かそんな傾向、感じがしないではないですけどね。

b:でも、まあ、あまり自分勝手で独断的にならない工夫もしておかないと、結構常識破りで間違うこともありますから。そういう誤りを犯さないためにも謙虚でないといけませんね。他分野の知見を尊重しつつ新しい息吹も持ち込む、そういう異分野交流ができたらいいのになあ、と思います。
わあ、残念です。時間が迫ってきましたので、今日はこれくらいにして。 いや~面白かったです、特にレフリーの話はさっそく実行に移したい気がします。先生の、レフリーとのやり取りも面白いです。また、ゲノム計画の話をじっくり聞かせていただきたいです。

w:またどうぞ。


対談日:2017/5/28
インタビュアー:坂東昌子

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