放射線生体影響に関する物理学、疫学、生物学の認識文化の比較分析

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研究者・専門家へのインタビュー(澤田哲生先生)

澤田哲生先生へのインタビュー 第1回 4/5


分野横断研究の経験

澤田 だからね、私も大学にわりと長くいて、もう30年近くになりますけど、分野を横断している人はほとんどいないと感じていますよ。ある専門分野でキャリアを積み始めるともう他に行けないですよね。よほど大きなモチベーションがないと、普通の人は守りに入っているので、昔からの研究の歴史を繋いでいくことぐらいしかやってないんですよね。研究の歴史というか研究室の歴史でしょうね。
2002年にある学会でアカデミアの活動の価値論について発表しました。その中で一般システム論の創始者て゛ある、L. von ヘ゛ルタランフィ(※)の言説を引用したんですよ。彼の定義によれは゛、「価値観とは、文化、歴史、社会、宗教なと゛の評価基準に照らして、個人や社会か゛選択する自らにとって望ましい 物事や行動て゛ある」というんですね。要するに価値の多様性の認識と実践が重要だということではないでしょうか。この発表に対するリアクションは結構ありましたよ。 そのベルタランフィは〝あらゆる生物はシステムから成り立っている〟と言ってるんですね。21世紀的な統一的視野を持つためには、分野を越境しないといけない。まさに坂東さんの歩んでこられた道じゃないですか。どんな戦略だったか知りたいですねえ。

※ Ludwig von Bertalanffy 生物学者、ウィーン大学、ロンドン大学、モントリオール大学、オタワ大学、南カリフォルニア大学、アルバータ大学、ニューヨーク州立大学バッファロー校の教授などを歴任

坂東 結局戦略としては、交通流で初めて異分野に入り込んで何か推進していくときは、どうやればいいかということを学びました(※)。それで感じたことは、日本の中で認められるのは後で、まず国際的に進出して認められないといけない。結局国際的に出て行き、それが逆輸入しないと日本人は認めないということでした。ちょっと情けない現状ですが・・・。

※ 2007年10月ハンブルグ大学Center for modeling and Simulationにおいて開催されたワークショップ「Traffic Flow: A Microscopic and Macroscopic Perspective」 このワークショップに関する坂東のコラムはこちら

澤田 メロディー(※)なんてまさにそうですよね。一旦外に出て外国で認められて、それを日本に逆輸入するという戦略ですね。

※ MELODI Multidisciplinary European Low Dose Initiative

坂東 そうなんですよ。あんなとこ(MELODI)ね、私たちは新参者じゃないですか。それでもやっぱりオーラルトークをオファーしてくれるからましなんですよ、まだ。それで三月に来るゲイル(※1)なんかも面白くて、私がオックスフォードにいってオーラルトークをしたわけですね。そしたらアメリカから来たCool さん(※2)という、EPRIのプロジェクトのリーダーが「アメリカで今度研究会があるから来ないか?」と言うわけですよ。それでノースカロライナにあるEPRIの研究会に行ったわけですよ。そしたらシカゴのノースウエスタン大学のゲイルが来ていて、そこでLNTとLQM(Linear-quadratic model、直線―二次曲線モデル)ではどうも動物実験を説明できないで困っているって話をされたわけです。それで私はすぐに話に行きました。「これでやったらうまく説明できますよ」という話をしたら凄く意気投合してくださり、すぐに、「シカゴに来ませんか」という話になったんですよ。今年の2月に行っていろいろ議論しました。

※1 Gayle Woloshack Northwestern University Feinberg School of Medicine 教授
※2 Donald A. Cool EPRI(Electric Power Research Institute、米国の電力研究所) Technical Executive

澤田 大活躍ですね。あのですねえ。欧米の研究者は新奇なものへの関心が強い。ネオフィリア(neophilia)ですね。そして、どんどんネットワーク的に他者に繋げてくれますよね。日本の研究者はねえ、何でもかんでも自分のとこに持ってきて自分の成果にしようとする。つまり囲いこんじゃうんですよ。これでは人も学術も伸び悩まざるを得ない。

坂東 欧米に球を投げると、その球がまた、次に一人ずつ先へ先へと新たな人につながっていいくわけですよ。ゲイルと意気投合して、今度3月の国際ワークショップBER2018(※)にも来てくれます。

※1 2018年3月19~21日に大阪で開催された国際ワークショップ「Internal Workshop on the Biological Effects of Radiation - bridging the gap between radiobiology and medical use of ionizing radiation -。ワークショップのwebサイトはこちら

国際的視野で逆輸入

澤田 2018年の3月の国際会議ってどのようなものになるのでしょうか?

坂東 これって初めての試みですが、日本の中で「放射線医療と放射線防護の橋渡しをし、放射線の影響についての明確な知見を得るための協力関係の確立に向けて連携する」ということです。でも大変なのですね、事務的なことも含めて・・・

澤田 なぜですか?

坂東 いや、国際会議をやれるというのは、大体は、大きな研究室の教授とか研究所の所長とか、たくさんサポーターがいるところなんです。その場合は、研究室に秘書がいて、若手もいて研究室全体で、協力できますよね。ところが、今、こういうのに取り組んでいるのは、分野としていろいろなところで取り組んでいる連合体で、どこ間大きな研究室ではないのです。そうすると、どこかの研究室が集団で取り組んでいないし、秘書もいないので、大変なんです。結局、ぎりぎりになって、「自分たちがうごかないとすすまない」という人たちが助けてくださって会議を運営することになるわけです。特に、ボランティアで働いてくださった皆さんの協力で取り組んだといっていいですね。普通のように、全部心得ていてやっているわけでもなく、ボランティアレベルで。国際的な交渉するのに京大の例えば基礎物理学研究所のように、共同利用の研究所でだったら秘書が要領よくやってくれて、私たちは、会の運営や中身を頑張ればいいのですね。「こういう人がいつ来る」とだけ言えば、例えば基礎物理学研究所がバックアップしてくれる場合は、スタッフが連絡をとって宿も決めてくれるんです。でも、そうはいかず、各々の科研費や他の資金を使って処理する間に研究者が入って宿の交渉や旅費の交渉を全部やらねばならないわけです。分野横断というような組織的コアがない場合はほんとに大変です。しかも、英語ができる事務というのはなかなかどこにもいるわけではないようですね。

澤田 官僚の皆さんというのは事務系、つまりいわゆるキャリアじゃなくて技官係の人が多いはずなんですよ。キャリアはね、必ずと言って良いほど二年間ほど留学に行くんですよ。でも技官はそうじゃない ―もちろんその限りではないのですが― ですから、実践の機会が少ないのかもしれませんね。ドメスティックなことばかりやっているケースもあるようですよ。だからそもそもサイエンティストとかはほとんどいないですからね。まあ、サイエンティストのマインドを持っている方はいらっしゃるようですが。

坂東 コアにそういう人がいないのに国際会議とかどうしているんだと思いますよね。

澤田 主体はまあ国際的に経験豊富などこかの有識者例えば大学関係者などと協調してやられるんではないですか。文科省とかもどうしているんだろうという感じですね。もっとも文科省のなかにも少数ですが国際派がいることは知っています。

坂東 京大の基礎物理学研究所は、有能な秘書がたくさんいて、ぱっぱぱっぱと英語でもなんでも自由に交渉して仕事こなすんですねえ。珍しいのですね。やはりそういう国際的視野を持っていて、それなりの実績で共同利用にかかわった研究所の存在がいかに貴重であるかを身に染みて知りました。でも、それは、それだけの予算をかけてやってきたことで、ほかの部署の人たちを見ていても、大変忙しくて余裕というものがないのかもしれません。つくづく、いろいろと考えさせられました。

澤田 私も基礎物理学研究所の図書館にちょっと出入りさせてもらいましたけど、あそこのスタッフはすごく洗練されていますよね。しかも人あしらいがうまい。好感度が高いと思いますよ。

坂東 伝統ですね。作り上げてきた伝統と、それを支えるスタッフの人柄、それに経費のサポートがいりますね。まあ、そんな中で、国際会議をやるわけですよ。それでゲイル博士もワイズ博士(※)も繰られるので、国際会議の前にプレシンポジウムというのをやることにしました。お願いして国際的な視野を持った方々と、単に学問的議論だけではなく、問題が問題なので、市民との交流を通じて、皆さんに問題を意識してもらいたい、そのような思いの上に、純学問的議論を詰める、こちらは政治や市民との交流をちょっと横において、真正面から学問の議論をする、そういういとのもとに、プレ進歩を行います。本会議が3月19日から21日までありますが、それに先駆けた3月18日がプレシンポジウムです。

※ Wolfgang Weiss The United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation (UNSCEAR) 元議長

澤田 なるほど、国際的視野を持って、まずは、偏見やそれまでの慣習にとらわれにくい世界の関連科学者を巻き込み、その新しい空気を日本に持ち込んで、世論を作るっていう方針ですね。逆輸入ですね。

坂東 そうなんです。米倉義晴先生(※)とWolfgang Weiss先生、どちらも元UNSCEAR議長でしたが、このワークショップの議長です。このなかで、「Presidential Session: International Cooperation in Biological Effects of Radiation」の名前を見てもらったらわかりますが、議長が、米倉先生で、
・Understanding low dose radiation exposure effects : MELODI’s views on developing international cooperation. Dr. Jacques Repussard (MELODI議長
・Dose Effect Alliance. Dr. Donald A. Cool (EPRI, IDEA  Technical Executive - Radiation Safety)
・Low-Dose Radiobiology Program at Canadian Nuclear Laboratories: Past, Present and Future. Dr. Dmitry Klokov (CNL)
・Planning and Acting Network for Low Dose Radiation Research (PLANET) and promotion for integrated network in Japan. Dr. Yutaka Yamada / Dr. Yoshiya Shimada (QST, PLANET)
・JSPS committee “multidisciplinary research on the biological effects of radiation”. Dr. Takahiro Wada (JSPS committee委員長)
というタイトルとスピーカーからわかるように、国際的にリーダーシップをとっている科学者が集まってくださいます。国際的視野を入れた連携が重要と考えた結果でもありますが、よくこれだけの方々が集まって下さったものと、心強く思っています。

※ 米倉義晴 UNSCEAR元議長、放射線医学総合研究所元理事長

あ、ついでですが、その時、高校生セッション(※)もやります。この高校生のセッションも重要です。若い人たちが何を考え、どんな発表をするか、ポスター発表の場が世界一流の科学者と高校生との交流の場でもありますね。

※ BER2018の際に開催された福島・東京・関西の中高生たちによるスペシャルセッション「大阪春の陣 放射線について話し合おう!」。セッションの様子はこちら

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