放射線生体影響に関する物理学、疫学、生物学の認識文化の比較分析

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研究者・専門家へのインタビュー(和田先生)

和田昭允先生へのインタビュー 前編 3/4

最初の仕事 生物物理への挑戦を始めた経緯

b:生物物理への挑戦についてその動機を教えてください。

w:もう明らかに物理化学には秀才がいっぱいいてこんな連中と、一直線上で100m徒競走しても勝てない・・。それで・・・。

b:でも、正直言って、それよりは、その頃にシュレディンガーとかいろんな影響を受けられたということではないですか?

w:シュレディンガー、えぇ、シュレディンガーはいつでしたっけね?

b:あれは、1944年です。

w:私が読んだのは1952年位だったかな?

b:あ、第二版がそうかもしれません。

w:え~っとね、シュレディンガーの影響を受けたっていう感じはあまりないんですね。

b:そうすると、あれですか、やっぱりワトソン・クリック?

w:いや、ワトソン・クリックはもっと後です。

b:そうすると、物理屋が生物に興味を持ったというシュレディンガーの影響は先生にはそれほどなかったというか、もっと後の世代ですね。実は私は、3・11以後放射線の生体影響を始めて、いろいろ昔に戻っていくうちに、実は、物理学者が非常に興奮して生物の議論を始めたのは、放射線による人工突然変異が発見されてからだというのを、つい最近まで知らなかったので、すごく面白くて、「three men paper 」っていう本を読んで感銘を受けたのです。そうなのか、やっぱり、コペンハーゲンから始まったのか、と感銘を受けました。その本によると、当時はヨーロッパでも分野横断的な交流はなかったようで、こういうことを始めたのも画期的だったということです。

w:そうですか。

b:はい、それで、コペンでも毎日のように生命現象の本質は何なのかというような議論を真剣にしていたようです。初めから分子生物学専門と思っていたデルブリュックは、実はリーゼマイトナーの弟子で、原子核物理学者だったのにはびっくりしました。彼は、当時のコペンの議論に参加して、生物にテーマを変えた人で、その影響を受けてファージをやり出したわけです。また、このコペンの熱い議論の成果といいますか、それがシュレディンガーの「生命とは何か」という本につながったのだそうです。この本は、その後、第二版がでるのですが、これはまあ、素人の物理学者が書いた本でもあって、第1版に対して色々議論が出たらしくって、それに応えて第2版を書いたそうです。シュレディンガーの最初の本は1944年、そして1951年に岩波新書で日本で訳本がでています。この頃の雰囲気は、生命現象は、物理的枠組みを超越していると考えていたようです。ところが、徐々に、近代生命化学、分子生物学、特に分子生物学、生物学の確立に向かって物理学者と生物学者が、研究を進めていくうちに、DNAの構造もわかってきて、ずいぶん進化したのですね、

w:え~っと、シュレディンガーは1944年ですね出版は、そうすると・・・。

b:先生の場合は、ちょっと違う感じだったのかな、この方向性ではないですね。

w:あの~、さっきも言いましたけど、私、あんまり影響を受けてないと思います。

b:そこに書いてあることで印象的なのは、生命の基礎は、結晶でもない、つまり、繰り返してない・・・。

w:繰り返しのない秩序だ、と言うところに強い印象を受けました。こういう話を書いているのですが…。残念ながらこういう資料が全部横浜高校に・・・。

b:え?あるんですか?行けば見られますね。

w:私が持っていた標本とか全部、高校に保存してくれるそうです。

b:それは素晴らしいです。いつか見に行かせていただきます。

b:ちょっと、これに影響を受けたというよりは、「この繰り返しがない秩序」、つまり結晶のような繰り返しのある規則性はないが、明らかに秩序のある系列で形作られている、そういう新しい秩序というのは、いったい何なのだということでしょうか。

w:はい、はい、はい、それが「情報」というキーワードにも通じるのです。

b:ここら辺が、何か先生の動機の鍵なのですかね?

w:その前にね、先ほど生物物理を目指したのは、「もう1段階前がある」って言いました。アメリカに行って生物物理を選んだ、と言っても、その~、基本的なことだから、生物のあんまり細かいことを気にしていたのではありません。あくまで物理的な構造というものが根底にある・・・。
で、DNAは設計書で、タンパク質は設計書が作った機械ですよね。で、タンパク質の基本構造にアルファ・ヘリックスっていう、らせん構造があるのです。
アミノ酸がずっとつながっているタンパク質、この基本構造がいくつかこうつながった様な構造物、折れ曲がってね、3次元的な構造というのがどうやって出来るのか、非常に興味深い。これが最重要な問題です。それで要するに、アミノ酸1個1個は、ダイポールモーメントを持っていますから、それがこういう風におんなじ方向を向くと、らせん構造をとってずっとつながると、非常に大きいダイポールモーメントを持ちますよ。

b:なるほど、ちょうどコイルを何度も巻くと強い磁場ができる・・・・。

w:そうです、コイルですね。それで、普通は小さな分子のダイポールモーメントはだいたい、まぁ、1とか、せいぜい多くて4デバイ、っていう単位です。けれどもタンパク質の基本構造でアミノ酸がこうザッと並ぶと大きな値でね、1000デバイとかね、10000デバイとかいう・・・・

b:コイルに似ていますね、1000巻きとか、10000巻きっていう感じですね。ただ、コイルの抵抗が長さに比例して大きくなるので、一定以上巻いても磁場は大きくなれませんが、超電導磁石なら抵抗がないので別ですが・・・。

w:それで、とてつもなく大きい、マクロダイポールを発見したっていうんで、これが非常に認められたわけです。

b:認められたというのは世界的に?

w:世界的に

b:ということは、先生、ずーっと、そのやっぱり、このモーメントが基礎にあるんですね!

w:えぇ、これが、私の出世作みたいな、ずっとダイポールモーメント!

b:ですねぇ、1つの発想じゃなくてそれが、これにも、あれにも当てはままるみたいな、発想がどんどん広がるのですね。

w:そうすると、へリックスっていうのが、ですねぇ、これ一種の1次元、完全に1次元じゃないけども、1次元的な結晶ですよね。ところが、温度を上げるとグジャグジャにほどけるんですよ。これを、へリックス・コイル転移(Helix coil transition)というんです。これをハーバードでやりましてね、

b:ダイポールモーメントに執着しておられた?

w:そうです、ダイポールモーメント、リアクションフィールドに、そういうことにこだわるのです。

b:なるほど。やっぱり、学部時代からこうして新しい方向性を打ち出しておられたこと、このダイポールモーメントという武器がいろいろなところに挑戦するのに大きな貢献をしたってことですね。自分で、若いころから挑戦して早く自分の芽をのばし、大きく羽ばたかせること、若い人に聞かせたいです。面白いです!

(もう私は若い時代にもどれないので無理ですが、残念!これぐらいの意気込みをもってほしいですね。若い人はこういう発想を大事にしてほしいですね。)

w:それで、へリックス・コイルトランジションでこれが今度、DNAの二重螺旋のトランジションに結びつくわけです

b:はぁ~、なるほどねぇ~、学問的にはそういうふうな系図ですね。

w:それで、DNAの場合は、2本のDNAの糸を結び付けているのは、GCとATとありますからね。この2つのペアはちょっと強さが違いますから、強さの違うトランジションだと。ということは、ここで、こういう、ローカルなトランジションも起こすわけです。

b:うん?どういう意味ですかね?

w:弱いATがいっぱいあると・・・

b:あ、なるほど! どれぐらい違うんですか?その、広がりいうか、

w:え~っと、純粋なGCだと二重螺旋が解けるのが110℃。純粋なATだと85℃くらいだったかな。

b:はい、はい、こんな絵が渡辺格さんの講演にありました。GCとATの関係・・。

w:えぇ、GCは水素結合が3本ありますから、強いんです。ATは2本だから弱いんです。

b:あ、なるほどね~、でも長さがあんまり変わらないというのは特徴なのですね。

w:そうです。ですから、二重らせんが凸凹なしに、一様にずーっと並ぶ。でも強さは、こっち3本、こっち2本・・・。

b:だけど、この強さが違うのが何に効いてくるのですか?

w:温度を上げると、ほどけるわけですね。ほどけるのは、ATが多い、つまり、弱いものが多いところはローカルにほどける。

b:あ~、なるほど、あ、だから、ここのつながりが弱かったために、温度が上がるとブヮ~って外へ飛び出してくると、

w:そうです。

b:あ、そういう感じですか、これ見たら、ねえ、大体同じって書いてあったんで、

w:いや、長さはね、

b:そう、長さはね、

w:それは同じなのです。それは同じなのだけど、その、あの、結びつけてある強さが違う。

b:あ~、なるほど、そうですねぇ、2本と3本ですねぇ、なんか、こう、こういうすごい微妙なことに興味があったみたいな感じがあって、特に突然変異のDNA構造にどういう違いがあるのか、それでどうなんだともやもやしていたのですが、すっきりしました!

w:それで、こういうのを、理論的に言うとイジングモデルになるわけですね。イジングモデルってのは、列を作っているスピンの向きが、温度を上げていくと、どういう風になるかっていうような話しですね。同じことなのですね。

b:つまり、相転移が起こる。南部流に言えば、自発的対称性の破れ(スポンテニアスシンメトリブレイキング)のメカニズムですね。

w:えぇ、

b:相転移で変わるわけですからねぇ、ふ~ん、そうか、あれですよね、そういう風に考えると、物理も生物も、そのレベルまで行くと・・・。

w:分子レベルでは同じですよ。ですから、なぜ分子をやるかっていうと、分子のレベルで初めて物理と結びつくわけですよね。

b:そうですねぇ、いやね、シュレディンガーが、その、ここのイントロに書いてあるんですけど、生命現象いうのは物理の法則を超越しているといっていますが、実は相転移のメカニズムを知らなかったからともいえますね。

w:あぁ、はい、はい、

b:ところが、その物性物理学が発展して、相転移というメカニズムが解明された。そして、生命現象も含めて、物理法則を超越してはいないのじゃないかと、だんだんわかってきた。物理と化学で、ほとんどのメカニズムは解明できるのじゃないかという、ま、そういうのにつられて物理学者はワーッとこの辺で、それで、コペンでも、毎日毎日議論したという・・・

w:おっしゃる通りの良い雰囲気ですね。それで、ぼくが東大物理にいたときも、当然、物理学教室にいますから、物理と生物学はどこが違うのだなんて議論はしょっちゅう吹っ掛けられるわけです。それで、そのときの私の答えは、まぁ、そういう議論を散々吹っ掛けられたから、段々、ポリッシュ出来た答えですけれども、要するに、生物も物質なのだ。物質だから、物質である以上、物質を支配する物理法則で、支配されるのが、当然だと、じゃ、なぜ、生物がね、こんなに違うのかという・・・

b:どうして、「繰り返しのない秩序」を持ってるのかということですよねぇ。

w:というのはね、40億年前に、何か自分と同じようなものを作る物質系が出来て、それが、増殖して、それで、突然変異と、それから自然選択ですね。だから、少しずつ変わったものが出来て、それを自然が、お前は次の世代を生んでもいいよという許可を与えるということは、結果的に、生物の中に、自然に生きる条件が読み込まれていったことなのですね。

b:なるほど、なるほど、普通、歴史があるわけですね、進化の歴史、

w:それで今日に至った。だから、生物も物質なのだけど、普通の物質と違うのは、40億年の進化の歴史があるからだ、これが大違いだということです。これさえきちんとわきまえればですねぇ、生物だって物質だといって一向に構わないんです。そして、進化の歴史はDNAの上に書かれてると、なぜならば、今言ったように、環境が選んできたんだから、それで、記録が、結果的にずーと残ったんですね。そうやって物理とずっと結びつく

b:そういう意味では、ま、物質いうのも、階層という概念はあるけど、進化がないと思われていたわけです。でも、今は、その物質も、進化過程の産物、宇宙の進化とともに生まれた階層構造を持っているのではないでしょうか。例えば、原子核の形成過程は、まさに宇宙の進化と結びついています。

w:ま、生物は、特に複雑ですがね。ちょっと特別ですよねぇ。

b:まぁ、そうですよね。だから、そういう風に思えば、将来、もうちょっと脳の話にいくでしょうけど、そっちのほうになるともっと複雑な話になる、・・・。

w:これは難しそう、僕は脳には近づかないことにしてるのです、危ないから。君子、危うきに近寄らずと言うことで。だから、その雰囲気がよくわかると思うんだけど、東大物理教室にいる間、お前のやっていることはどこが物理なんだとかね、くるわけです。

b:はぁ~、言われるでしょうねぇ、

w:で、今のような説明をするわけですけどねぇ、でも、僕は、物理屋さんは、ずいぶん理解があったと思うなぁ、物理教室はふところ深かったですよ。うん。

b:物理はねぇ、そういう、何ていうか好奇心であふれているのだと思うのですよねぇ。それで、どうして、他の分野はそういう好奇心より、既成概念で「わかった」という習慣が強いのかと不思議なのですけどね、話ししていて。
例えば、今、私、放射線生物の分野でも、防護の人は、防護の観点しか関心がないのですよ、

w:はい、はい、わかります。

b:でも、放射線生物をもっとたくさんの若い人に広げたいと思うと、科学の好奇心に基づいた展望といいますか、夢がなくては、とてもみんな魅力を感じないだろうと思うのです。

w:そりゃそうですよ。

b:ええ、その夢は何かと言うと、やっぱり、生命現象の本質に近づく何かそういうロマンがあって、放射線生物というのも、結局はそこでおこる突然変異を通じて、進化と、そして生命の巧妙な構造につながっているということを、解明したい、そういうロマンがなかったらとても若い人はついてこないよと、思ったのですね。

w:あの~、ものを調べるときに、触りますよねぇ?触って調べると、よく探りばりでこう、探ってく、放射線ってのは、探り針なのですよね、薬飲んだり、自然の突然変異とかを探ったり、色々探っていたのですが、そんなやり方に比べたら、ちゃんと、計測が出来、その効果をチェックできる・・・。場所もね!

b:そうですね、位置もエネルギーも、すべて特定できる・・・。

b:そういう意味では、その頃、物理学者がものすごくエキサイトしたのも当然だと、目を付けたんは当然だと、思うのです。私は、今の混乱を何とかしたいと思ってやり出したのだけれども、私ら物理屋は、やっぱり、それだけでは済まなくなるのですね。

w:そうですね。

b:そういうロマンがあるのだったら、これは、若い人にも勧められると。

w:えぇ、強力な探り針ですよ。

b:なるほど、強力な探り針いうのは面白い言いかたですねぇ、

w:ですからサイエンスで大事なのは探り針ですねぇ、分光器だって探りばりですからねぇ、

b:そうですね。

w:そういう意味でね、広く考えるという、放射線っていうのはもう、

b:ミュラーが、ハエで、突然変異を起こしたというのは、ものすごくエキサイティングなことでした。もう、当時、みんなビックリしたみたいですねぇ、それまで、自然突然変異しか知らなかったので、人工的に起こせるということが与えたショックいうのは大きかったみたいですねぇ、

w:そうでしょうね、そうでしょうね。

b:でも、探り針というの、面白い言いかたですね。

w:フッフッフッ、もう、そういう説明は嫌っていう程、うるさい物理屋相手にやりましたね。いや~、東大の物理の連中、うるさいんですよ。

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