WAM Modelとは

WAM Modelの解説の前に ~当サイトをご利用される一般の皆様へ~

※WAMモデルシミュレータご使用の前にご一読ください。

放射線をどの程度被ばくすると、人体にどのような影響が発生するのか?

大線量の放射線を被ばくした場合に何が起こるのかについては、広島・長崎原爆被爆者10万人以上を対象とした寿命調査(Life Span Study : LSS)を筆頭とする、過去に発生した凄惨な歴史的な事件や事故の後に実施された疫学調査の結果から知ることができます。数グレイ(Gy)の被ばくをすると、被ばく線量に応じて確定的影響(脱毛や不妊など)が発生し、それが7Gyともなれば一瞬の被ばくで死に至ることがわかっています。また、100mGyを超える被ばくをした場合は、直線比例的にがんにより死亡するリスクが高まることも判明しています。

いっぽうで、私たちは日ごろから少しずつ低線量の自然放射線を被ばくしています。たとえば、日本国内の場合、一人当たりの平均被ばく線量は1年間で2.11mSv(注)と計算されています。あるいは、世界に目を向けると、地質上の理由から日本の数倍量の自然放射線を被ばくし続ける環境の地域で人々が健康に暮らしているという例も知られています。

注:すべての被ばくがγ線によるものと仮定すると2.11mSvは2.11mGyと換算することができます。しかし自然放射線の場合はα線yなども含まれますので、2.11mSvはGyに換算すると少し異なる値となります。

私たちのからだには放射線のダメージを治癒する能力がそなわっている。

ところで、からだを構成する分子や細胞のスケールで放射線がもたらす影響について考えてみます(図1参照)。放射線がからだにあたると、からだを構成するいろいろな成分にその強いエネルギーを落としていきます。からだを構成する成分のうち、放射線のダメージを大きく受けてしまうのが「DNA」の鎖です。DNA鎖には、大切な遺伝情報や健康に生きるための情報が書き込まれています。放射線は、DNA鎖に直接または間接に傷を入れてしまいます。(下図の直接作用と間接作用のこと。間接作用というのは、放射線によってからだの6割近くを占める水などから反応性の高いラジカルや活性酸素が生成され、これらがDNA鎖にダメージを与える現象のことです。)

もしも放射線など(注)によりDNA鎖が傷ついた場合、少しであれば生来からだに備わっている様々な仕組みによって修復することが可能です。もしもDNAがたくさん傷ついてしまった場合は、細胞死(アポトーシス、ネクローシス)が起こり、傷んだ細胞は排除されて新しい細胞へと置き換えられていきます。このような仕組みに守られて、私たちは自然放射線が常にある環境の下でも健康に暮らすことができているのです。ところが、放射線の量がこれらの仕組みを超えてしまう(からだが本来持っている能力を超えてしまう)と、図2に示すようなさまざまな身体的な症状が生じてしまいます。

注:DNA鎖に損傷を与えるのは放射線だけではありません。化学物質や紫外線、ふつうに暮らしているだけでも体内で発生するいくつかの代謝産物、細胞を複製するときに発生する複製エラーなどもDNA鎖に傷つけます。


図1:細胞のスケールでみた放射線影響


図2:放射線を被ばくするとどのような症状が現れるのか。細胞のスケールでみた概略図

確率的影響と確定的影響についてはATOMICA「放射線の確定的影響と確率的影響 (09-02-03-05)」の解説などを参照してください。

放射線によるダメージを治癒する能力はどれくらい?

では、放射線によるダメージを治癒する仕組みは、いったいどれくらいの能力を持っているのでしょうか?たとえば、自然の数十倍の放射線を被ばくし続けるような環境で生活し続けた場合、わたしたちのからだにどの程度の影響があるのでしょうか?

たとえば、将来人類がスペースコロニーで生活するような時代になると、こういったことはきちんと知っておく必要があります(注)。

注:JAXA広報によると、日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)滞在中に被ばくする放射線量は1日あたり約1mSvに及ぶといいます。これは日本の地上生活であれば約半年分に相当します。

これについては、広島・長崎原爆被爆者の疫学調査(LSS)でも答えが見出せていません。また、答えを知るために放射線を人体にあてて実験をすることなど論外です。そこで、動物実験が登場します。これまで、ショウジョウバエやマウスなど、さまざまな動物に放射線を照射して、その影響の有無が調べられてきました。

歴史的に有名な動物実験のひとつに、1900年代後半に米国のオークリッジ国立研究所(ORNL, Oak Ridge National Laboratory)で実施されたWilliam L. Russellの研究グループによる「ORNL mouse-genetics program」があります。彼らは何十万匹ものマウスを用いて何年もかけてマウスにおける放射線の遺伝的影響(オスに放射線をあてて、その子供への影響)を調べています(注)。このような大規模な調査は、後にも先にもこの実験しか存在しません。

注:当時の実験の様子は、William L. Russellの奥様で共同実験者でもあるLiane B. Russellのレビュー「The Mouse House: A brief history of the ORNL mouse-genetics program, 1947-2009」(Mutation Research 753, 69-90 (2013))に詳しく記されています。

Russellらは、雄に人工のγ線やエックス線を浴びせて、実験を行っています。その結果、被ばくした総線量が高ければ高いほど変異発生頻度(遺伝情報の一部が変化した子供が生まれる率)が上昇していました。ここまでは、それまでのさまざまな動物実験でもよく知られていた現象です。そこで、彼らは放射線を急照射(1分あたり700mGyの放射線を雄マウスに長期間照射)した場合と、緩照射(1分あたり7mGyの放射線を雄マウスに長期間照射)した場合を比較してみました。すると、どちらの場合も雄が被ばくした総線量に応じて変異発生頻度が増加したが、その増加割合が急照射のときよりも緩照射のときの方がずっと緩やかであることを世界で初めて見出しました。現在では「線量率効果」と呼ばれる現象です。線量率効果が起きる背景には、放射線によるダメージを治癒する能力が関係しています。

動物実験の他、ヒトの養細胞に放射線を照射する実験もたくさん行われてきました。そういった実験においても、線量率効果を示す知見が多数蓄積されてきました。現在も、そのメカニズムの全容を明らかにするための研究が世界各国で進められています。

国際基準や日本の法令では、ダメージ治癒能力「線量率効果」は一切考慮しない

前述のとおり、これまでに放射線影響を調べるためのさまざまな動物実験や細胞実験が行われ、そしてその結果がたくさん集積されてきました。ところが、科学者たちが膨大な努力を積み上げてきたにもかかわらず、国際的な取り決めや我が国の法令などにおいては線量率効果を一切考慮しないことになっています(注)。

注:国際放射線防護委員会ICRPなどの国際組織ではDDREF(Dose- and dose-rate-effectiveness factor、線量線量率効果係数)を設定されているが、この係数の定義や算出方法などについて、科学的な検証は未だ不十分である。また、ICRPは、この係数を放射線防護の目的で使用することは推奨していない。

こういった国際基準や法令の分野では、確率的影響(がん・白血病や遺伝的影響)はどんなに低い線量であっても存在するものと仮定し、被ばく線量が増えれば増えるほど、その影響が上昇していくとしています。これをLNT仮説(Linear non-threshold仮説、直線しきい値なし仮説)といいます。たしかに広島・長崎原爆被爆者におけるがんの発生リスクの調査結果や、動物などを用いた多数の次世代影響(遺伝的影響)に関する実験結果では、被ばくした放射線量に応じて直線比例的に影響が増加します。つまり、LNT仮説は一見確からしく見えます。しかしこれらのデータにおける被ばく状況は、からだのダメージ治癒能力をはるかに超える大量放射線被ばくにあたります。「線量率効果」を考える必要がないほど大量の放射線被ばくなので、LNT仮説で十分だったのです。

LNT仮説は、人々を放射線の被害がないように確実に守るという意味ではとても大切な考え方です。国際基準や法律は今もLNT仮説を堅持しているのはそういった考えからのようです。しかし、科学者の目から見てLNT仮説が真実を正確に反映しているのかというと、それは違います。

LNT仮説では、自然放射線の環境下でなぜ私たちが平気でいられるのかの説明がつきません。高い自然放射線地域で暮らす人々や、宇宙飛行士になぜ悪影響がないのかについてもLNT仮説では説明ができません。

東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、私たちは何度か原子力災害被災地を訪れる機会がありました。その際、仮説住宅に避難されていた市民の方やこれから復興にむけて避難解除となった町の住民の方から、「毎時何μSv(マイクロシーベルト)なら被ばくしても大丈夫なのか?」という質問をされたことがありました。LNT仮説に従うのであれば、少しでも浴びると危険ということになってしまいますが、低線量の場合はまだ未解明なのですから、それを市民の皆さんにあてはめるわけにはいきません。100mGy(100mSv)より低い場合は、私たち科学者は確かな答えを持ち合わせていないのです。また、線量率効果を考えて具体的な数字を示すこともできません。というわけで、せめて今の科学でわかっていることだけでもと思い、高い自然放射線地域の住民の皆さんの話とか、からだに備わっている治癒能力のことを紹介させていただくに留めました。毎時何μSvなら大丈夫です、といった数字を示すことができず、大したお役にも立てず、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

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WAM Modelとは?

原発事故後、数人の理論物理学者たちがあるチャレンジを開始しました。これまでにある膨大な動物実験の結果から、線量率効果のこともきちんと含んでいる放射線影響に関する数理モデルを構築できないか、という挑戦的な試みです。その成果として提示されたのがWAMモデル( Whac(k)-a-mole model、もぐらたたきモデル )です(図3)。
このモデルの最大の特徴は、放射線の被ばくした際の総線量で考えるのではなく、線量率で評価するところにあります。これによって、時間経過にしたがって遺伝的影響などの症状がどのように変化するかなどについて推測することが可能となりました。


図3:線量率効果を考慮したWAMモデルの数式と基本コンセプト

このモデルで導き出される計算値は、Russellらによる動物実験で得られた遺伝的影響に関するデータなどと非常によく合致しました。また、自然放射線のように低い放射線を浴び続けても、マウスにおいて特段影響が増えないことも表現することができました。これはLNTなどの従来のモデルでは考えられないことです。
マウスにおける遺伝的影響について、WAMモデルとLNTモデルとを比較した動画を以下に掲載しておきます。

現在、この理論物理学者たちの新たな取り組みに、医師、生物学者、情報学者など、他の分野の専門家たちも加わって、さまざまな検証を続けています。私たちは今後も真実の姿を反映する確かな数理モデルを追求していきたいと考えています。

(文責 角山雄一)

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WAM Model シミュレータ 使用上の注意

遺伝的影響評価Ver.『WMASIM』で使用するパラメータのデフォルト値はマウスの実験結果に基づいて算出されたものです。マウスにおける放射線照射実験の検証や推測等にはお使いいただけますが、ヒトに適用できるかどうかについては検証が必要です。

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WAM Model 研究チーム

氏名 所属等 専門分野
坂東 昌子 愛知大学名誉教授、NPO法人知的人材ネットワークあいんしゅたいん 理事長、大阪大学 核物理研究センター 共同研究員 物理学(素粒子論、非線形物理)・放射線生体影響)
和田 隆宏 関西大学 システム理工学部 教授 原子核理論
真鍋 勇一郎 大阪大学 工学研究科 助教 原子核物理学・放射線生体影響
中村 一成 Assistant Professor of Physics, Department of Physics, Michigan Technological University Self-assembly of macromolecules, Biological physics
中島 裕夫 大阪大学 放射線科学基盤機構 助教 放射線基礎医学
角山 雄一 京都大学 環境安全保健機構 放射性同位元素総合センター 助教 分子生物学、放射線生物学、放射線安全管理学
鈴木 和代 京都大学 医学部附属病院先制医療・生活習慣病研究センター 特定助教 代謝・内分泌学
馬杉 美和子 滋賀医科大学 医学部 医員 神経解剖学、神経病理学
尾上 洋介 日本大学 文理学部 情報科学科 准教授 情報可視化
佐藤 丈 埼玉大学理工学研究科 准教授 素粒子、宇宙物理
髙西 康敬 埼玉大学 理工学研究科 研究員 素粒子、宇宙物理
土岐 博 大阪大学名誉教授、大阪大学 基礎工学研究科附属極限科学センター 特任教授 素粒子、原子核、宇宙線および宇宙物理に関連する理論
 
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WAM Model 関連研究業績一覧

真鍋勇一郎博士(大阪大学)が管理運営するサイト「低線量放射線研究会」をご参照ください。 https://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~manabe/project.html

※ なお、シミュレータについては各シミュレータのサイトに関連文献を掲載しております。

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